労災とは、労働災害の略です。業務に起因して被った怪我や病気を指しますが、労災と聞くと、重い怪我や病気を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
しかし、労災として扱われるのは重い傷病だけではありません。軽い怪我であっても、労災の条件を満たしていれば、労災として扱われます。
とはいえ、軽い怪我ならば、病院に保険証を出して健康保険で治療を受けているという人もいるでしょう。実はそれはNGです。症状の重軽に関係なく、労災にあたるものは労災保険を使って治療しなくてはなりません。
今回はその理由を、労災保険と健康保険の違いや具体例を交えてご説明しましょう。
なぜ労災の怪我の場合、健康保険証を使って受診してはいけないのか?
労災による怪我の場合、病院での健康保険証を使った受診はおすすめできません。その理由は、労災保険と健康保険の役割の違いにあります。
労災保険とは
労災保険とは、業務に起因して被った怪我や病気に対する補償を行う公的保険制度のことです。労災は業務災害(業務中の労災)と通勤災害(通勤中の労災)に分けられますが、労災保険はこれらの労災に対し、治療費の補償や休業補償などを行います。
労働者の労災保険への加入は事業主に義務付けられており、保険料は全額事業主が負担します。
健康保険とは
健康保険とは、労災以外の原因による怪我や病気の治療に対する保険給付を行う公的保険制度のことです。サラリーマンやその扶養家族が、会社の属する健康保険へ加入することになっています。ただし、個人事業主は健康保険には入れないため、国民健康保険に加入します。
健康保険は、各人が国民皆保険の義務として加入しており、保険料は被保険者本人と事業主が負担しあっています。
労災保険と健康保険の違い
上記の通り、労災保険は労災を、健康保険は労災以外の傷病をサポートする保険制度です。
労災保険も健康保険も公的な保険制度ではありますが、その役割は異なっているのです。
また、法律では、労災保険は労働者災害補償保険法で、健康保険は健康保険法で、以下のように定められています。
労働者災害補償保険法第一条
「労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。」
健康保険法第一条
「健康保険法は、労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法第7条第1項第1号に規定する業務災害をいう)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活と福祉の向上に寄与することを目的とする。」
このように明記されていることから、労災によるケガを健康保険で治療してしまうと、それは法律の内容と異なるため、法律違反になってしまいます。また、会社側が健康保険の利用を勧めた場合には労災隠しにあたり、罰せられる可能性もあります。
このようなことから、労災の怪我を、健康保険証を使って治療してはならないのです。
こういう場合でも労災になる!事例のご紹介
労災と聞くと、骨折などの重傷や治癒に時間がかかる病気などを思い浮かべやすいですが、労災と認定されるのは重い傷病だけではありません。ここでは、一般的に「労災にならないのでは?」と思われてしまいやすい労災の例をご紹介しましょう。
例1
「雨の日の通勤で、雨で濡れていた道路で滑り、家の前で転んでしまった。その時に腰を打って、念のため病院で診察を受けた。」
会社へ向かうにあたって、家の敷地外での怪我であれば、それは通勤災害であり労災にあたります。
例2
「業務中に、ダンボールを解体するためカッターを使用していて、誤って指先を切ってしまった。」
小さな切り傷であっても、業務中の怪我は労災です。病院で治療を受ける場合には、労災保険の対象となります。
例3
「夏場、営業で社外に出ていた時に軽い熱中症のような症状になり、病院を受診した。」
熱中症も、業務との起因性が認められれば、労災の対象となります。熱中症による労災は、建設業を中心に増加しています。
例4
「在宅勤務のパソコン作業中にトイレへ行き、戻ってきて椅子に座ろうとした時に転倒し、手を捻挫した。」
在宅勤務であっても、「業務時間と私的時間の区別」「就業時間の記録」「就業場所の特定」がはっきりしていれば、業務遂行性の認められる傷病については労災対象になります。
労災になるか否かは、傷病の重さではなく、業務遂行性や業務起因性の有無によって決まるということを覚えておきましょう。
労災なのに保険証で受診してしまったら、どうすればいいか?
では、労災によるケガにも関わらず、病院で健康保険証を出して治療を受けてしまった場合には、どうすればいいのでしょうか。
その場合、以下のような手順で健康保険から給付された費用(診療報酬)を返還し、労災保険の適用へと切り替えなくてはなりません。
- まずは健康保険へ、既に給付された診療報酬を返還します。返還の方法は健康保険組合によって異なるため、各相談窓口にお問い合わせください。
- 次に、労災保険の請求書を、管轄の労働基準監督署へ提出します。この時、診療にかかった費用が明記されている領収書や請求書を添付してください。
このような手続きを行えば、健康保険から労災保険への切り替えが行えます。
また、労災保険の請求は健康保険への診療報酬返還が済んでから行うのが通常ですが、経済的負担によりそれが厳しい場合には診療報酬返還前に行っても構いません。
労災のケガを、健康保険証を出して治療してしまった場合には、面倒がらず、労災保険への切り替えを行うようにしましょう。
自分の不注意だから労災を使いたくない!可能か?
本来は労災にあたる怪我を負ったにも関わらず、「自分のミスで起こった怪我だから労災は使いたくない」「会社に迷惑をかけたくないから、健康保険で済ませたい」などと考える方は、一定数いるでしょう。
しかし、労災による傷病に対し、労災保険を使わず、健康保険を使って治療を受けるというのは、おすすめできることではありません。前述のように、各法律で労災保険と健康保険の使用対象は規定されています。労災による傷病に健康保険を使うことは、違法なのです。
労災に関するサイトの中には、「本人がいいのなら、労災による傷病でも健康保険で治療してもいい」などとしているものもあるようですが、正しい対応をするなら、労災による傷病には労災保険を、労災以外の傷病には健康保険を使うべきです。
そしてそれは、会社に労災を使うなと言われた場合でも同じです。労災による傷病なのであれば、会社に労災保険を使うことを遠慮する必要はありません。会社からの圧力がある場合には労災隠しにあたる可能性があるので、労働基準監督署に相談するといいでしょう。
まとめ
労災は業務遂行性および業務起因性によって判断されるものであり、傷病の度合いは関係ありません。切り傷やすり傷などの軽い怪我でも、業務遂行性および業務起因性が認められれば、それは労災なのです。
躊躇する人は多いですが、労災保険の使用は労働者の権利です。使うべき時に使わなければ、何のために加入しているのかわかりません。労災にあったのなら、会社に気を遣って健康保険証を使うようなことはせず、労災保険で治療を受けるようにしましょう。
また、もし労災や労災保険の使用に関して、会社とトラブルが生じたり手続きがうまくいかなったりした場合には、弁護士にご相談ください。豊富な法律の知識を生かし、適切な対応をサポートいたします。