労働者が仕事中や出勤途中に怪我をした場合、また業務を起因とする病気を被った場合には、労災保険による補償を受けるのが一般的です。怪我や病気の治療費をはじめ、その傷病により休業を余儀なくされた場合には休業補償、障害が残った場合には障害補償など、万が一の場合において労働者の生活を助けるために、労災保険制度は存在しています。
では、もし労災保険に加入していない状態で、仕事中にケガをしてしまったらどうなるのでしょうか。補償は受けられるのでしょうか。
そこで今回は、労災保険の概要とともに、労災保険未加入の場合の補償や対応についてご説明しましょう。
労災保険って、どういう保険?
そもそも労災保険とはどのような保険なのでしょうか。まずはその概要について見ていきましょう。
- 労災とは
- 業務上の事由や通勤によって労働者が被ったケガや病気、障害、死亡などのこと。正式には、「労働災害」という。
業務中に起こった労災を「業務災害」、通勤中に起こった労災を「通勤災害」と呼ぶ。 - 労災保険とは
- 労災にあった労働者やその遺族に対し、保険給付を行う公的制度のこと。正式には、「労働者災害補償保険」という。
労災保険への加入は、労働者を1人以上雇用している事業主に義務づけられています。そして、この時の保険料は全額事業主が負担することになっています。
労災保険による補償には、以下のような種類があります。
療養(補償)給付 | 労災による傷病の療養費として支払われる給付金。業務災害の場合は「療養補償給付」、通勤災害の場合は「療養給付」と呼ばれる。 |
休業(補償)給付 | 労災による傷病のために休業を余儀なくされた場合に支払われる給付金。業務災害の場合は「休業補償給付」、通勤災害の場合は「休業給付」と呼ばれる。 |
障害(補償)給付 | 労災による傷病が治癒した後、障害等級に該当する障害が残った場合に支払われる給付金。年金と一時金が存在し、業務災害の場合は「障害補償給付」、通勤災害の場合は「障害給付」と呼ばれる。 |
遺族(補償)給付 | 労災により死亡した労働者の遺族に支払われる給付金。年金形式が一般的だが、条件によっては一時金になることも。業務災害の場合は「遺族補償給付」、通勤災害の場合は「遺族給付」と呼ばれる。 |
葬祭料・葬祭給付 | 葬儀を行う遺族等に対し、葬祭料として支給される給付金。業務災害の場合は「葬祭料」、通勤災害の場合は「葬祭給付」と呼ばれる。 |
介護(補償)給付 | 障害(補償)給付または傷病(補償)年金受給者のうち、第1級の等級認定を受けている者、もしくは第2級の等級認定を受けている精神・神経障害や胸腹部臓器障害を持つ者で、現在介護を受けている場合に支払われる給付金。業務災害の場合は「介護補償給付」、通勤災害の場合は「介護給付」と呼ばれる。 |
傷病(補償)年金 | 労災による傷病が1年6ヶ月を経過しても治癒しない、または傷病等級に該当する場合に支払われる給付金。 |
ニ次健康診断等給付 | 会社で行われた健康診断において異常が認められた場合に、二次健康診断および脳や心臓疾患発症予防のための特定保健指導を受けられる制度。(給付金という形ではない) |
このように、労災保険の補償には多くの種類があります。労災で被った傷病の程度や状態によって受け取れる給付金の種類は異なり、給付金の種類によって給付内容も異なります。
労災保険の手続き・加入条件
ここからは、労災保険の加入と申請について、手続きや条件をご紹介しましょう。
労災保険の加入手続きと条件
労災保険の加入手続きは、事業主が行います。正社員はもちろん、アルバイトやパートであっても、事業主は必ず労災保険に加入させなければなりません。
労災保険の加入手続きは、以下の書類を管轄の労働基準監督署へ提出する事で成立します。
保険関係成立届 | 保険関係成立(雇い入れ)の翌日から10日以内 |
履歴事項全部証明書(謄本) | |
概算保険料申告書(納付) | 保険関係成立(雇い入れ)の翌日から50日以内 |
上記のように、書類提出には期限があるので注意しましょう。
また、労災保険の加入については、すべての労働者が対象になります。正社員だけでなく、派遣社員やアルバイト、パートも労災保険の加入対象となります。
ただし、個人事業主や法人の役員などは労災保険に加入できません。さらに、一部の官公署事業や国営の事業所、船員保険被保険者などは、他の制度によって補償が行われるため、これも労災保険の加入対象にはなりません。
労災保険の申請手続きと条件
次に、労災保険の申請手続きと労災保険の適用条件についてご説明しましょう。
労災にあった場合には、まず会社にその旨を報告します。なぜなら、労災請求の手続きは会社が本人に代わって行うことが多いからです。ただし、会社が請求を行ってくれない場合には、労働者自らが請求書を提出する必要があります。
労災発生の報告を受けたら、会社は各種請求書を管轄の労働基準監督署に提出します。請求書には以下のような種類があり、請求する給付の種類に応じたものを使用します。
- 療養補償給付たる療養の費用請求書
- 休業補償給付支給請求書
- 障害補償給付支給請求書
- 遺族補償年金支給請求書請求書
- 遺族補償一時金支給請求書
- 遺族補償年金前払一時金請求
- 葬祭料請求書
- 介護給付支給請求書
- 介護補償給付支給請求
- 傷病の状態等に関する届
このうち、「療養補償給付たる療養の費用請求書」の様式第5号については、提出先が受診した医療機関になるので気をつけましょう。
書類が提出された後は、労働基準監督署が調査を行います。そして労災認定がされれば、労災保険からの給付が受けられます。
では、この労災認定の条件は何なのでしょうか。
労災認定は、「業務遂行性」および「業務起因性」の有無に基づいて、労働基準監督署が公正に判断を行います。そのため具体的な条件は挙げられませんが、被った傷病に「業務遂行性」と「業務起因性」が認められるのであれば、労災認定される可能性は高いと言えます。
※1 業務遂行性
労働契約に基づき、労働者が事業主の支配下にある状態かどうか
※2 業務起因性
傷病が業務に起因しているかどうか
労災未加入の会社で、仕事中にケガをしたら?
労災未加入の会社での労災でも、保険請求は可能
前述の通り、労働者を1人でも雇用している場合、労災保険への加入は事業主に義務付けられています。しかし、世の中には労働者を雇用しているにも関わらず、労災保険に加入していない会社も存在します。
では、労災保険未加入の会社に勤務していて労災にあった場合には、補償は受けられるのでしょうか。
結論から言うと、労災保険未加入の会社での勤務において労災による傷病を負った場合でも、労働者は労災保険の請求を行えます。
労災保険未加入は事業主に落ち度があるのであって、労働者には非がありません。そのため、労災と認められる事案であれば、請求手続きさえ行えば保険給付が行われます。
しかしその場合、労災保険加入義務を怠ったペナルティとして、行われた保険給付の全額もしくは一部を、事業主から費用徴収することになっています。
会社が協力的でない場合
労災保険未加入の会社には、費用徴収や保険料の追加徴収、罰金などのペナルティが課せられる可能性があります。そのため、労災請求手続きには会社からの協力が必要ですが、ペナルティを恐れて会社が協力しない場合もあるでしょう。
そんな場合には、労働者はどんな行動を取ればいいのでしょうか。
労災請求に会社が協力的でない場合には、労働者は直接、管轄の労働基準監督署に相談するようにしてください。事情が認められれば、労働者だけで労災請求を行うことができます。
労災による保険給付は労働者の権利であり、会社が協力的でないからといって労災請求を諦める必要はありません。くれぐれも、労災保険による補償をあきらめて、労災による傷病の治療を健康保険証で受けることのないようにしましょう。
関連ページ:「会社が労災保険に入っていない場合とは?被災した際の対処法・特別加入制度を解説」
労災保険未加入の雇用主のペナルティ
前章でも少し触れましたが、ここからは労災保険未加入により事業主に課せられるペナルティについてご説明しましょう。
労災保険未加入の事業主には、以下のようなペナルティが課せられます。
- 労災保険から労働者に対する給付額の100%を事業主から費用徴収(故意に労災保険手続きを行っていない事業所で労災が起こった場合)
- 労災保険から労働者に対する給付額の40%を事業主から費用徴収(過失により労災保険手続きを行っていない事業所で労災が起こった場合)
- 過去に遡った保険料徴収(約2年分)
- ハローワークでの求人取消
- 厚生労働省による社名の公表
- 6ヶ月以下の懲役
- 30万円以下の罰金
故意か過失か、また悪質性の度合いなどによって、課せられるペナルティは異なります。
このようなペナルティは、会社にとって財政的にも社会的にも大きな損失となるため、労働者を雇用している事業主は必ず労災保険に加入するようにしましょう。
まとめ
労災保険の基本と会社が労災保険未加入の場合の対処法についてご紹介しました。
労災については、会社が労災保険未加入であったり、労災を認めなかったり、労災保険の使用を禁止したりと、スムーズに手続きを行えないケースが多数発生しています。
しかし、労災保険は労働者のために整備されているものであり、会社に使用を制限する権利はありません。あまりに会社が協力的でない場合には、労働基準監督署だけでなく弁護士に相談することも検討し、きちんと給付が受けられるようサポートを受けましょう。