労災コラム(過労死の労災認定基準)

過労死の労災認定基準(心臓、脳血管疾患による死亡)

過労死は、働きすぎて死ぬことを言います。具体的には、長時間の残業や休みなしの勤務を強いられる結果、精神的・肉体的負担で、労働者が脳血管疾患、心疾患などで突然死することをいいます。
過労死には、心臓、脳血管疾患による死亡と精神疾患による自殺に分けられますが、今回は心臓、脳血管疾患による過労死に着目したいと思います。

平成30年7月6日に厚生労働省が発表した平成29年度「過労死等の労災補償状況」によれば、
脳、心臓疾患に関する事案に関し、請求件数は840件で、前年度に比べ15件増えています。支給決定件数は253件で、そのうち死亡件数は92件となっています。

業種別では、支給決定件数は「運輸業,郵便業」99件、「卸売業,小売業」35件、「宿泊業,飲食サービス業」28件の順となりました。
年齢別では、支給決定件数は「40~49歳」と「50~59歳」97件、「60歳以上」32件の順に多く、責任世代に業務の負担が多くなる結果は従来通りといえます。
また、時間外労働時間別(1か月または2~6か月における1か月平均)支給決定件数は、「評価期間1か月」では「100時間以上~120時間未満」42件が最も多く、時間外労働が労働者の身体に大きな負担をかけている結果がうかがえます。

脳血管疾患、心疾患による過労死が労災認定される基準について

脳血管疾患、心疾患は発症の基礎となる動脈硬化、動脈瘤などの血管病変などが、加齢、食生活、生活環境や遺伝子により形成され、それが徐々に悪化して、突然発症するものです。

しかし、仕事が特に加重であったために血管病変等が著しく、その結果脳、心臓疾患が発症することがあり、この場合有力な原因が仕事にあったと評価できる場合には、労災補償の対象となります。

対象疾病は以下

脳血管疾患:脳内出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症
虚血性心疾患等:心筋梗塞、狭心症、心停止、解離性大動脈りゅう

過労死で労災として認定されるには?

上記に挙げた、脳・心臓疾患が「業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した」といえることが必要で、3つのケースに分けられて定められています。

1.異常な出来事

発症直前から前日までの間において、発症状態を時間的場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したことをいいます。
異常な出来事は、精神的負荷、身体的負荷、作業環境の変化に分けられます。

精神的負荷

極度の緊張、興奮、恐怖、驚愕などの強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態、例えば、業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与し、著しい精神的負荷を受けた場合などが考えられます。

●身体的負荷

緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的または予測困難な異常な事態、例えば、事故の発生に伴って、救助活動や事故処理に携わり、著しい身体的負荷を受けた場合などが考えられます。

作業環境の変化

急激で著しい作業環境の変化、例えば、屋外作業中、極めて暑い作業環境下で水分補給が著しく阻害される状態や温度差のある場所への頻回な出入りなどが考えられます。

2.短期間の過重業務

発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したことをいいます。

特に過重な業務に就労したと認められるか、については、業務量、業務内容、作業環境等具体的な負荷要因を考慮し、同僚労働者又は同種同労者にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるかという観点から、客観的総合的に判断されます。負荷要因は、労働時間のほか、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交代制勤務・深夜勤務、作業環境、精神的緊張を伴う業務について判断します。

3.長期間の過重業務

発症前のおおむね6か月間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したことをいいます。

過重な業務とは、労働時間のほか、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交代制勤務・深夜勤務、作業環境、精神的緊張を伴う業務の負荷について検討する必要があります。
労働時間については、発症前1か月間におおむね100時間または発症前2か月ないし6か月間にわたっておおむね80時間を超える時間外労働が認められれば、業務と発症との関連性が強いと評価されます。

過労死に関する最近の事例

国・島田労基署長(生科検)事件(東京高判平26.8.29)

水質検査等の事業を行う生活科学検査センターの企画営業課長が、上司である総務部長より数十分間大声で怒鳴り散らされたり、見積書等の決済を拒否されたり(「異常な出来事」)した4~5日後に心肺停止、蘇生後低酸素性脳症を発症したケースにつき、労災が認められました。

国・中央労基署長(三井情報)事件(東京地判平25.3.29)

上腸間膜動脈の閉塞発症前に少なくとも5ヵ月以上の長期間にわたり月平均100時間以上の時間外労働を行い、多忙かつストレスも多く精神的緊張を伴う「著しい疲労の蓄積」をもたらす業務に継続して従事していたプロジェクトマネージャー(システムの保守業務等を担当)が、腸閉塞に係る手術の翌日に死亡したケースにつき、労災が認められました。

労災で家族が亡くなると、残された遺族の精神的、経済的負担は大変なものです。大変な状況の中、様々な手続きを進めていかなければなりません。
死亡が労災に該当するか認定が困難な場合や、会社に対し損害賠償請求できる場合もあるでしょう。自身が補償金の受給資格者であることに気付かないケースもあります。

過労死の労災認定基準(精神疾患による自殺)

前回、過労死の2つの類型のうち心臓、脳血管疾患による死亡についてお話ししました。今回は過労死の中でも精神疾患による自殺に着目したいと思います。

平成30年7月6日に厚生労働省が発表した平成29年度「過労死等の労災補償状況」によれば、 精神疾患に関する事案に関し、請求件数は1,732件で前年度比146件の増となり、その中で未遂を含む自殺件数は前年度比23件増の221件となっています。

業種別では、支給決定件数は「製造業」87件、「医療,福祉」82件、「卸売業,小売業」65件の順に多くなっています。

年齢別では、支給決定件数は「40~49歳」158件、「30~39歳」131件、「20~29歳」114件の順に多く、先に検討した脳疾患や心臓疾患による過労死と異なり、若年層が目立ちます。

時間外労働時間別(1か月平均)支給決定件数は、「20時間未満」が75件で最も多く、精神疾患は、時間外労働が必ずしも主な原因ではないことが見て取れます。
出来事別の支給決定件数は、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」88件、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」64件の順に多くなっています。
自殺に至るほどの事例の場合、職場における特別な環境や出来事の存在が大きいと言えます。

業務による心理的負荷によって精神障害を発病した人が自殺を図った場合は、精神障害によって、正常な認識や行動選択能力、自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったもの(故意の欠如)と推定され、原則としてその死亡は労災認定されます。

業務以外の心理的負荷により発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合は、悪化する前に業務による心理的負荷があっても、直ちにそれが悪化の原因であるとは判断できません。
しかし、「特別な出来事」に該当する出来事があり、その後おおむね6か月以内に精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合に限り、その「特別な出来事」による心理的負荷が悪化の原因と推認し、原則として、悪化した部分について労災の対象となります。

なお、「特別な出来事」は以下のとおりです。

特別な出来事の類型心理的負荷の総合評価を「強」とするもの
心理的負担が極度のもの・生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした(業務上の傷病により6か月を超えて療養中に症状が急変し極度の苦痛を伴った場合を含む)

・業務に関連し、他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大なケガを負わせた(故意によるものを除く)
・強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた
・その他、上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの

極度の長時間労働・発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間に おおむね120時間以上の)時間外労働を行った(休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等、労働密度が特に低い場合を除く)

過労死に関する最近の判例

◎東京地裁(平成28年12月21日)

パワハラや退職強要が原因で自殺したのに、労災と認められなかったとして、亡くなったソニー社員の男性の両親が国に対して遺族補償の不支給処分取り消しを求めた訴訟で、東京地裁は「精神障害の発病及び自殺について業務起因性を認めることはできない」として、労災と認めなかった。

男性は2010年8月20日、自宅のトイレで自ら命を絶った。当時33歳だった男性は、幼い頃の脳腫瘍の後遺症で軽度の身体障害者となり、ASD(自閉症スペクトクラム障害)を持っていた。
男性が亡くなる約2年前、上司Aが男性に対して会議中に無視するなどの行為を行うようになった。また、別の上司Bは2010年1〜2月、男性に対して「女、子どもでもできる」「子供や高校生の姉ちゃんでもできる仕事しかしていない」と発言した。また、部長Cは「俺もキレるぞ」人事担当者は「給料泥棒と呼ばれないだけのことをやっているのか?」などと発言した。

これらの発言は、「心理的負荷の程度は『中』」とされ、「特別な出来事」とは認定されなかった。
また、適応障害の発症後に行われた人事部からの退職強要で男性は軽症うつ病になったが、軽症うつ病の前にすでに適応障害を発症していたことを理由に、軽症うつ病の「業務起因性」は認められなかった。
退職強要自体についても、「心理的負荷の程度は『特別な出来事』に当たらず『強』」とされた。

◎名古屋高裁判決(平成28年12月2日)

夫がうつ病を悪化させて自殺したのは、発症後の過労が原因だとして、妻が国を相手取り、労災保険の不支給処分の取り消しを求めた訴訟で、名古屋高裁は労災を認めた。

自殺したのは東海地方の清掃会社に勤務していた当時30代の男性。2009年4月に清掃用品を販売する関連会社に移り、8月にうつ病を発症。その後、10月の東京事務所の開設で東京出張の機会が増え、売り上げ目標達成に責任を持つようになり、うつ病が悪化。男性は2010年3月に自殺した。

厚生労働省の労災認定基準では、うつ病発症後の悪化については、生死に関わる業務上のけがなど極度のストレスがかかる「特別な出来事」が必要とされている。しかし、高裁判決は必ずしも「特別な出来事」の存在にこだわらず、「強い心理的負荷で悪化した場合、業務での心理的負荷の程度などを総合的に検討して、判断するのが相当だ」と指摘。出張の増加や営業成績の低迷、上司の叱責、死亡3カ月前の時間外労働(月約68~約108時間)などがあったことを踏まえ、「業務による心理的負荷と、うつ病の悪化による自殺には因果関係がある」と認めた。

最後に

労災で家族が亡くなると、残された遺族の精神的、経済的負担は大変なものです。大変な状況の中、様々な手続きを進めていかなければなりません。死亡が労災に該当するか認定が困難な場合や、会社に対し損害賠償請求できる場合もあるでしょう。自身が補償金の受給資格者であることに気付かないケースもあります。

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