労災保険には、「受任者払い制度」というものがあります。これは、労災に遭った労働者の生活を支えるための制度です。労働者は希望に応じて手続きを行うことで、受任者払い制度を利用することができます。
今回は、受任者払い制度はどのような制度なのか、また利用にはどのような手続きが必要なのか、詳しく解説していきます。
受任者払い制度とは
労働者が業務中や通勤中に傷病を負った場合、その労働者は傷病の状態によって労災保険の給付を受けることができます。そして、この給付は受任者払い制度を活用することで、さらに手厚いものになります。
まずは、受任者払い制度の概要とメリットについて見ていきましょう。
受任者払い制度は会社による給付立替
受任者払い制度とは、簡単に言うと、「休業(補償)給付」の会社による立て替え制度のことです。
この制度を活用する場合、「休業(補償)給付」により支給されるのと同じ金額を、会社は先に被災労働者に対し支払います。その代わり、後日振り込まれる労災保険からの「休業(補償)給付」は、会社の口座に振り込まれることになります。
こうして会社が「休業(補償)給付」を立て替えることにより、労災認定を待たずに被災労働者は休業時の生活費を確保することができます。
受任者払いのメリット
通常、労災に遭った労働者が労災保険の給付を申請してから、実際に給付金が口座に振り込まれるまでには、1ヶ月程度かかります。ケースによっては、数ヶ月かかることもあるでしょう。
つまり、傷病で休業し収入がなくなっても、すぐに労災保険の給付金が振り込まれるわけではないのです。この仕組みでは、給付金の振り込みまでに、どうしても生活に困る人が出てきてしまいます。
そこで活用したいのが、受任者払い制度です。
会社が労災保険の給付を立て替えて先払いしてくれる受任者払い制度を活用すれば、被災労働者は実際の労災給付の振り込みを待たず、すぐに給付金相当のお金を手にすることができます。
労災で働けなくなった場合に、労災給付の支給を待っている間の生活を安定させられる点が、受任者払い制度の大きなメリットです。
労災の休業(補償)給付とは
受任者払い制度の対象となるのは、「休業(補償)給付」です。その概要や要件、手続きを見ていきましょう。
休業(補償)給付とは
「休業(補償)給付」とは、労災による傷病で休業した場合に支給される給付金のことです。業務災害の場合は「休業補償給付」、通勤災害の場合は「休業給付」と呼ばれます。
「休業(補償)給付」の支給には、3つの支給要件が定められています。
◆ 休業(補償)給付の受給要件
・労災による傷病の療養中であること
・労働することができない状態であること
・賃金を受けていないこと
休業(補償)給付は、上記の3要件を全て満たすことで支給されます。
ただし、給付の対象となるのは、休業して4日目からです。休業3日目までは、休業(補償)給付は支給されません。
休業(補償)給付の手続き
休業(補償)給付を申請する際の手続きは、以下のような流れで行います。
◆ 休業(補償)給付申請手続き
1.「休業(補償)給付支給請求書」に必要事項を記入する。事業主証明欄に、事業主の証明を受ける。
2.労働基準監督署へ請求書を提出する。
3.労働基準監督署が労災認定の可否を判断するための調査を行う。
4.労災認定の可否がハガキで通知される。労災認定されれば、後日給付金が支給される。
請求書は、労働基準監督署の窓口か、厚生労働省のホームページからダウンロードして入手することができます。
休業(補償)給付の計算方法
受任者払いを行うには、会社が「休業(補償)給付」の支給金額を把握する必要があります。「休業(補償)給付」の支給金額は、下記の計算式で算出できます。
◆ 休業(補償)給付の計算式
休業(補償)給付=(給付基礎日額の60%)×休業日数
休業特別支給金=(給付基礎日額の20%)×休業日数
例:給付基礎日額6,000円、休業日数10日(待機期間除く)の場合
6,000円×(60%+20%)×10=48,000円
休業(補償)給付では、休業特別支給金と合わせた「給付基礎日額の80%」が支給されます。
また、休業日数は4日目からとなるので気をつけましょう。休業3日目までは待機期間とされ、労災保険ではなく、事業主が休業補償を行います。
給付基礎日額とは
「給付基礎日額」とは、労働基準法の平均賃金に相当する額で、具体的には以下のように計算します。
◆給付基礎日額
労災事故が発生した日、または医師による疾病の診断確定が行われた日の直前3ヶ月間に、被災労働者に支払われた賃金総額を、その期間の暦日数で割った、1日当たりの賃金額。
ただし、賃金総額には、ボーナスや臨時的に支払われる賃金を含めない。
休業(補償)給付にあたっては、まず対象労働者の給付基礎日額を把握する必要があります。
また、複数事業労働者については、複数就業先での給付基礎日額を合算して、支給額が算出されます。
受任者払い制度を利用する方法
休業(補償)給付で受任者払い制度を利用する際には、申請時に労働基準監督署へ以下の書類を提出する必要があります。
◆受任者払い制度依頼時に必要な書類
・休業補償給付支給請求書様式第8号(業務災害の場合)
・休業給付支給請求書様式第16号の6(通勤災害の場合)
・受任者払いに関する届出書
・労災被災者から会社への委任状
「休業補償給付支給請求書」および「休業給付支給請求書」を提出するのは、通常の休業(補償)給付金申請と同じです。必要事項を記入し、事業主証明欄に事業主の証明をもらって、労働基準監督署へ提出しましょう。
受任者払いは、請求書に加え、「受任者払いに関する届出書」と「委任状」を提出することで可能になります。これらの書類は一枚にまとめられていることが多いですが、被災労働者本人が記名捺印しなければならない部分と、会社側が記名捺印しなければならない部分があるため、双方が協力して書類作成を行う必要があります。
「受任者払いに関する届出書」と「委任状」は、厚生労働省のホームページから入手することが可能です。
会社に受任者払い制度の利用を拒否されたら
受任者払い制度は、会社側の協力がなければ成立しません。雇用している労働者の生活を安定させるため、受任者払い制度を積極的に活用し、会社側から手続きを進めてくれる会社は多く存在します。
しかし、中には受任者払い制度の利用を断る会社もあるかもしれません。
では、会社に受任者払い制度の利用を拒否された場合、被災労働者はどのような対応を取れば良いのでしょうか。
会社に受任者払い制度の利用を拒否された場合には、弁護士などの専門家への相談を検討しましょう。労災関連の法律や会社への対応を熟知した弁護士のサポートによって、会社に受任者払いへの対応を承認してもらえる可能性があります。
初回無料で相談できる弁護士事務所も多いので、生活が逼迫する前に、まずは弁護士の意見を聞いてみてください。
まとめ
受任者払い制度は、業務中や通勤中に被った傷病で休業を余儀なくされ、収入が無くなった労働者の生活を支える重要な制度です。
受任者払い制度を活用すれば、休業中の不安は小さくなり、安心して療養に専念できるでしょう。不安を払拭するためにも、万が一労災に遭った場合には、受任者払いについて早期に会社へ確認しておいてください。
また、受任者払いを会社に拒否されたり、会社側が労災の発生を認めなかったりと、労災トラブルに遭った場合には、弁護士にご相談ください。自身で抱え込まず、法律の専門家である弁護士の手を借りることで、トラブルの早期解決を目指せます。