会社に雇用されて働く人々には、労災に遭った場合に労災保険による補償を受ける権利があります。労災保険を利用することで、労災に遭った労働者(被災労働者といいます)は、自己負担なく治療を受けたり、休業に伴う休業補償を得たりすることができます。
しかし、この労災保険の利用については問題も発生しています。それが、会社側による「労災隠し」です。
そこで今回は、労災隠しとその罰則、対処法について詳しく解説します。
労災隠しとは
まずは、労災隠しとはどのようなことを指すのか確認していきましょう。
労災事故の発生を隠したいという思いから、事業者が労働基準監督署長に対し、労働者死傷病報告を故意に提出しないまたは虚偽の内容で提出すること
労災によって、労働者が死亡したり休業したりした場合には、その事業者は、管轄の労働基準監督署長に労働者死病報告を提出しなければなりません。これは労働安全衛生第100条や労働基準法施行規則第57条等に定められているもので、各事業者から報告された労働者の死病情報は、再発防止策の策定等に活用されます。
会社が、この労働基準監督署長への労働者死病報告をわざと行わなかったり、嘘の内容で報告したりすることが、「労災隠し」です。
労災隠しは、労働安全衛生法第100条に違反する犯罪行為にあたります。
労災隠しが行われると、正確な労働者の死病情報は収集されず、それを正すための対応も行われません。また、被災労働者自身も「労災保険による補償を受けられない」等の不利益を被ることとなります。
このような事が起こらないよう、会社の労災隠しについては然るべき対応を取る必要があります。
労災隠しに対する罰則
前述のとおり、労災隠しは犯罪にあたります。
労災隠しの罰則については、労働安全衛生法 第120条で次のように定められています。
次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。
・第100条第1項又は第3項の規定による報告(労働者死病報告の提出のこと)をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかった者
(労働安全衛生法 第120条)
つまり、労働者死病報告を怠ったり、虚偽の内容で提出したりといった労災隠しを行い、それが判明した場合には、会社は50万円以下の罰金に処せられる可能性があるのです。
また、厚生労働省のホームページでは、労働基準関係法令違反を起こした企業とその事案を公表しています。その中には、労災隠しに関する事案もあります。
労災隠しのような犯罪行為が社会的に公表されてしまうと、それは会社にとって大きなダメージとなるでしょう。
このような罰則を避けるためにも、労災隠しはしてはならないのです。
労働者本人が労災を隠したら?個人への罰則は?
労災に遭った労働者の中には、「手続きが面倒だから労災にしたくない」「自分の不注意による怪我だから労災保険を使いたくない」と考える人もいるでしょう。
では、もし労災に遭った労働者本人が自主的に労災隠しを行った場合には、どのような罰則の対象となるのでしょうか。
労働者本人の罰則はなし
労災に遭った労働者本人が自主的に労災隠しを行った場合、労働者本人に対する罰則はありません。
とはいえ、労災事故が発生したことは、会社には報告しなければなりません。例え被災労働者本人による自主的なものであっても、会社が労災事故の発生を把握していれば、その労災隠しの責任は会社側にも生じます。
つまり、被災労働者本人による自主的な労災隠しでは、労働者本人には罰則はないものの、会社側が前述のような罰則を受ける可能性があるのです。
労働者が「会社に迷惑をかけたくない」思いから行った自主的な労災隠しが、逆に会社の迷惑になってしまう可能性があるのです。
労働者本人にデメリットが生じるリスクも
被災労働者が労災による傷病に対し労災保険を使わないという選択をした場合には、次のようなデメリットが生じる可能性もあります。
・医療費が自己負担になる
・十分な補償を受けられない可能性がある
労災保険を使わない場合、医療費は全額自己負担となります。私たちが普段使用する健康保険は、業務以外の傷病を補償する保険であるため、使えません。
治療費や入院費等を10割負担で支払うとなると、その負担はかなり大きなものになるでしょう。
また、休業を余儀なくされた場合の休業補償や後遺障害が残った場合の障害補償といった補償が十分に行われないリスクもあります。
このようなリスクは、労災保険を利用することで解決できます。
労災保険を使えば、労災による傷病の治療費は全額労災保険から支払われますし、休業した時や後遺障害が残った時の補償も受けられます。
なぜ企業は労災隠しをするのか
罰則が定められ、労働者にとってもリスクが大きい労災隠し。では、なぜ企業は労災隠しをしてしまうのでしょうか。
その理由は、労災の発生が企業のデメリットに繋がるためです。労災が発生すると、企業には次のようなデメリットが発生する可能性があります。
①労災保険料が上がる
②労働基準監督署が調査に来る
③書類作成などの対応に時間が取られる
④企業のイメージダウン
⑤仕事がもらえない(建設業)
メリット制対象の企業では、労災の発生状況によって労災保険料が変わります。そのため、労災の発生で、その後支払う労災保険料が上がってしまうことがあります。
また、労災が起こった企業は、労働基準監督署の調査や書類作成にも対応しなければなりません。
労災が発生した事実が社会的に知られれば、イメージダウンも避けられないでしょう。請負が多い建設業であれば、仕事がもらいにくくなることもあるかもしれません。
このようなデメリットを恐れ、会社は労災隠しを行うことがあるのです。
これらのデメリットについては、『労災が発生すると会社にはデメリット?考えられるケースを解説』で詳しく解説しています。
労災隠しかも?と思ったら<対処法>
「労災で傷病を負ったけれど、会社に労災保険を使うなと言われた」「会社が労災申請の手続きをしてくれない」等、会社が労災の使用や手続きに消極的な場合には、労災隠しを疑いましょう。そしてその場合には、対処法として次のような対応を取るようにしてください。
労災指定病院を受診する
労災指定病院では、窓口で労災の旨を伝えることで、無料で治療を受けることができます。その代金は、労災申請の手続き後、労災保険から病院に支払われます。
会社が労災の使用を許してくれないからといって速やかに病院を受診しなければ、傷病と業務の因果関係がわからなくなってしまうかもしれません。そうなれば、労災認定が難しくなってしまいます。
労災指定病院を受診すれば後の労災請求手続きもスムーズです。会社の反応はともかく、労災に遭ったら、まずは労災指定病院で治療を受けましょう。
健康保険は使わない
会社から「労災保険を使うな」と言われた場合でも、労災による傷病の治療には、健康保険を使うことはできません。健康保険は、業務外の傷病に対する補償を行う保険だからです。
業務による傷病に対する補償は、労災保険の守備範囲にあたります。
労災の傷病で健康保険を使ってしまった場合には、必ず労災保険への切り替えを行うようにしましょう。
労働基準監督署に相談
会社が労災を使用させてくれず労災隠しをしようとしている場合には、まず労働基準監督署に相談してください。
各所にある労働基準監督署には相談窓口が設置されており、労働に関する相談を受け付けています。
労働基準監督署は、労災関連の専門機関です。専門機関に相談することで、会社に適切な対応を求めることができます。
弁護士に相談
会社の労災隠しについては、弁護士へ相談し、法的対応を検討するのもひとつの方法です。
弁護士が間に入ることにより会社が適切な対応を行う可能性はもちろん、場合によっては会社に損害賠償請求を行える可能性もあります。
この場合、労災問題の実績豊富な弁護士に相談することをおすすめします。労災問題に強い弁護士であれば、より相談者に有利な条件で問題を解決できるかもしれません。
また最初は、無料相談等も活用すると良いでしょう。
まとめ
ご紹介したように、労働者死病報告を適切に行わない労災隠しは犯罪です。労災隠しを行うことによって、会社はもちろん、労災被害にあった労働者も不利益を被る可能性があります。
労災保険を使う時には、会社に気を遣ったり手続きを面倒に感じたりする方もいるかもしれません。しかし、労災保険を使えば、労災によって負った傷病に対してしっかり補償を受けることができます。
労災は隠そうとせず適切に処理し、労災保険の補償を受けることをおすすめします。