労災が発生すると会社にはデメリット?考えられるケースを解説

業務中や通勤中に労働者が被った怪我・病気のことを、労災と呼びます。労災の傷病による療養や休業は労災保険の補償対象です。

しかし、労災保険については「労災が発生したことが労基署にわかったら、会社が不利益を被るのでは」と考え、その使用を躊躇する人もいるかもしれません。
そもそも労災保険の使用は労働者の権利なのでこのような躊躇は不要ですが、果たして労災の発生により、本当に会社は不利益を被るのでしょうか?

そこで今回は、労災の発生による会社のデメリットについて考えていきたいと思います。

労災事故発生で考えられる会社のデメリット

労災事故が発生した時に会社が受けるデメリットとしては、次の5つが考えられます。

①保険料が上がる
②労基署が調査に来る
③書類作成などの対応に時間が取られる
④会社のイメージダウン
⑤仕事がもらえない(建設業)

順に詳しく見ていきましょう。

①保険料が上がる

労災事故が発生すると、会社が支払う労災保険の保険料が上がる可能性があります。
これは、メリット制という制度に基づいています。メリット制の対象となるのは、「①継続事業」「②一括有期事業」「③単独有期事業」のうち、それぞれ次のような要件を満たす事業です。

【メリット制とは】
その事業場での労災の発生率に応じて、労災保険率および労災保険料を増減させる制度。労災保険率・労災保険料は±40%の範囲内で増減する。

【メリット制の対象】
①継続事業(事業期間が予定されていない一般事業)のうち次の要件を満たすもの
・前々保険年度に属する3月 31 日の時点において、労災保険の保険関係が成立してから3年以上経過していること。
・基準日の属する保険年度の前々保険年度から遡って連続する3保険年度中の各年度において、使用した労働者数について、次のA・Bいずれかの要件を満たしていること。
A:100人以上の労働者を使用した事業である。
B:20 人以上 100 人未満の労働者を使用した事業であり、災害度係数が 0.4 以上 である。(災害度係数は、「労働者数 × (業種ごとの労災保険率-非業務災害率)」で算出)

②一括有期事業(2件以上の小規模な有期事業を一括してひとつの事業とする建設工事や伐採事業)のうち次の要件を満たすもの
・前々保険年度に属する3月 31 日の時点において、労災保険の保険関係が成立してから3年以上経過していること
・連続する3保険年度中の各保険年度において、確定保険料の額が40万円以上であること

③単独有期事業(事業期間が予定されている事業)のうち次の要件のいずれかを満たすもの
・確定保険料の額が40万円以上であること。
・建設事業については請負金額が1億1千万円以上、また立木伐採事業については素材の生産量が 1000㎥以上であること

※メリット制の詳しい内容や要件については、厚生労働省『労災保険のメリット制について』をご覧ください。

上記の事業にはメリット制が適用され、労災の発生率が高くなれば会社が支払う保険料は高くなりますが、逆に労災の発生率が低くなれば保険料も安くなります。
このような仕組みは、労働者が安心して働ける環境整備に会社が積極的に取り組むためのものです。そのため、会社の支払う労災保険料が上がるかもしれないからといって、労働者が労災申請を躊躇する必要はありません。

また、上記以外のメリット制の対象とならない事業の場合には、労災が発生しても保険料が上がることはありません。

②労基署が調査に来る

労災が発生すると、労働基準監督署が事業所へ調査に来ることがあります。この調査では、資料の確認や従業員からの聞き取りなどが行われ、労働基準監督署は「労働環境は適正か」「法令違反はないか」「労災発生の原因は何か」などの判断を行います。
調査後には是正勧告書や指導票が交付されるので、会社はそれらに対して後日報告書を提出しなければなりません。

このような労働基準監督署の調査には、会社はきちんと対応する必要があります。
とはいえ、この調査は、労働環境を整備し法令違反も犯していない会社にとっては不利益を被るものでもなく、一概にデメリットとは言えません。

③書類作成などの対応に時間が取られる

労災を申請するためには、請求書を作成し、管轄の労働基準監督署に提出する必要があります。
この手続きは、会社が被災労働者の代わりに行うのが通例となっています。被災労働者本人が手続きを行う場合でも、会社は請求書の証明欄に記載を行わなくてはなりません。

また、労災によって被災労働者が死亡したり休業したりした場合には、会社には労働者死傷病報告書の提出が義務付けられています。
さらに前述の通り、労災発生を受けて労働基準監督署が会社へ調査に入った場合には、それに対する対応とその後の報告書提出が必要になります。

このように、労災発生においては書類作成などの対応が必要で、それには一定の手間がかかります。
しかし、どの書類もそれほど複雑なものではなく、作成にあたって日常業務に支障をきたすような手間はかからないと考えられることから、それほど気にする必要はないでしょう。

④会社のイメージダウン

労災の発生率が高いことは、会社のイメージダウンに繋がります。それが環境整備を怠ったことや不法行為を原因とするものであれば、なおさらでしょう。
しかし、イメージダウンを恐れて労災を申請しないでいると、労働環境はいつまで経っても改善されません。それが労災隠し(後の章でご説明します)によるものであれば、発覚した時のイメージダウンはさらに大きなものになることも予想されます。

労災の発生は会社のイメージダウンに繋がる恐れはありますが、さらなるイメージダウンを恐れるなら、起こった労災はきちんと申請し、再発防止に力を入れた方が会社にとっても労働者にとっても良いでしょう。

⑤仕事がもらえない(建設業)

建設業では、元請け業者の下に下請け業者がいて、実際の工事を請け負っているケースが多いです。
このような場合、下請け業者の労災保険料を支払うのは元請け業者です。そのため、現場の下請け業者の労働者が労災に遭うと、メリット制によって上がった保険料を元請け業者が負担することになります。

この仕組みを受け、「現場で労災が発生して保険料が上がると、元請けから仕事をもらえなくなるかもしれない」と考える下請け業者は少なくないでしょう。
しかしここで労災隠しを行ってしまっては、それが発覚した時に元請け会社も責任に問われることとなります。元請け会社としても、保険料が上がることより、労災隠しの責任を追求される方が会社としてのダメージは大きいでしょう。

つまり、労災は申請するデメリットよりも隠すデメリットの方が大きいため、無理やり隠そうとせず速やかに申請すべきなのです。

労災を使う本人のデメリットはあるか?

労災保険の使用にあたっては、「労災保険を使ったことで、会社での自分の評価が下がるのでは?」「ボーナスが減るのでは?」と心配する方もいるようです。

結論から言うと、労災を申請し労災保険を使用したからといって、そのことが仕事の評価や給与、ボーナスなどに影響することはありません。
労災時に労災保険を使うことは労働者の当然の権利であって、それによって仕事の評価やボーナスを下げることは不当です。不当な扱いを受けた場合には、労働基準監督署や弁護士への相談を検討しましょう。

ただし、労災で休業し、出勤日数が減ったことを理由に、ボーナスが減ることはあります。なぜなら、会社が出勤日数に応じてボーナスを支給している場合があるためです。

「労災隠し」こそデメリットでしかない

労災が発生し、労働者が死亡したり休業したりした場合、会社は労働者死傷病報告を労働基準監督署へ提出しなければなりません。この報告を意図的に行わなかったり虚偽の内容で行ったりすることは、「労災隠し」という犯罪にあたります。

労災隠しが発覚した場合、会社には罰則として「50万円以下の罰金」が課せられます。
また、メリット制に応じた保険料の再計算が行われる他、会社の社会的信用が低下する恐れもあります。
このように、労災隠しは会社にとってのデメリットが大きく、従業員も不利益を被るものです。労災の申請は適切に行いましょう。

万が一、会社が労災を隠そうとして労災申請の手続きを進めてくれない場合には、被災労働者自身が労災申請の手続きを行うことも可能です。
その場合は、厚生労働省のホームページから請求書をダウンロードし、必要事項を記入(会社が証明欄に記入してくれない場合は空白でOK)して、管轄の労働基準監督署へ提出するようにしてください。

まとめ

労災保険の使用は、労働者に認められた権利です。「労災を申請したら会社に迷惑がかかるのでは」と心配して、労災申請を躊躇する必要はありません。
労災を申請して保険料が上がったり事務手続きが増えたりすることよりも、労災隠しによって罰則を受け社会的地位を下げることの方が、会社にとっては痛手です。労災が発生したら、隠さず速やかに労災申請を行うようにしましょう。

「会社が労災を使わせてくれない」「会社が労災隠しをしている」「労災を使って不当な扱いを受けた」など、労災に関する会社とのトラブルは少なくありません。
このようなトラブルに巻き込まれた場合には、労災問題の実績豊富な弁護士にご相談ください。弁護士は、法律の知識と経験から然るべき手続きを取り、問題を解決します。
労災問題は1人で抱え込まず、専門家の手を借りて、納得のいく解決を目指しましょう。