自殺の労災認定について

労災といえば、業務によって被った怪我や病気を指します。しかし、怪我や病気だけはなく、中には労働者が労災により死亡してしまうケースもあります。
そして、労災による死亡例のひとつとして挙げられるのが、過労死や過労自殺です。
では、もし過労死や過労自殺が起こってしまった場合には、どのように労災認定を受ければいいのでしょうか。
そこでこの記事では、過労死や過労自殺に伴う労災認定についてご紹介します。

過労死、過労自殺とは

まずは、過労死と過労自殺の定義について見ていきましょう。過労死等防止対策推進法第2条によると、過労死(過労自殺)は以下のように定義されています。

「過労死等」とは、業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。

つまり、業務の重すぎる負担を原因とする脳血管・心臓疾患による死亡や心理的な負担で被った精神障害を原因とする死亡や自殺、死亡には至らない脳血管・心臓疾患・精神障害などが、一般的に「過労死」や「過労自殺」と定義されているのです。

また、過労死や過労自殺の基準としては、「過労死ライン」というものが定められています。
過労死ラインとは、労災による業務と傷病の関連性を示すための基準となるもので、過労死や過労自殺のリスクは過労死ラインを超えると上昇すると考えられています。過労死ラインの基準は、以下のようになります。

  • 発症前1ヵ月間に100時間を超える時間外労働が認められること
  • 発症前2~6ヵ月間平均で80時間を超える時間外労働が認められること

このどちらかを満たす場合、過労死ラインを超えたとして、死亡と労災の関連性を示せる可能性が高まります。
また、不規則勤務、長時間の拘束勤務、泊りがけの出張、騒音や精神的緊張等を伴う業務における死亡については、80時間以下の時間外労働であっても労災認定がなされることもあります。

自殺が労災認定されるには

では、過労による自殺が労災認定されるための要件は何なのでしょうか。過労自殺が認定されるためには、以下の要件を満たすことが求められます。

  1. 対象疾病である精神障害を発病していること
  2. 対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと

(厚生労働省 心理的負荷による精神障害の認定基準より
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118a.pdf)

手続きを行って、調査によって3つの要件を満たしていることが確認されれば、労災が認定されます。ここからは、各要件について順にご説明しましょう。

対象疾病である精神障害を発病していること

対象疾病とは、以下のようなものを指します。

  • 統合失調症,統合失調症型障害及び妄想性障害
  • 気分(感情)障害
  • 神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害

(国際疾病分類より)

具体的には、統合失調症やうつ病、適応障害等が、過労自殺を労災認定されるための対象疾病となります。
ただし、労災認定には発病の証明が必要です。もし、自殺以前に精神科への通院歴があれば証明はできますが、通院歴がない場合には、周りの人の証言や日記、SNSなどから、発病の証明を目指して調査を行うことになります。

対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること

強い心理的負荷にあたる事象は、「特別な出来事」と「特別な出来事以外の具体的な出来事のうち、心理的負荷が強にあたるもの」の2種で定義されています。例を挙げてみましょう。

「特別な出来事」の例

  • 生死に関わる業務上の病気や怪我を経験した
  • 業務に際して、人に重大な怪我を負わせたり死亡させたりした
  • 強姦やセクハラを受けた
  • 発病直前の1ヶ月に160時間を超える時間外労働を行った

「特別な出来事以外の具体的な出来事のうち、心理的負荷が強にあたるもの」の例

  • 業務に際して、軽度の負傷または無傷であったものの、自らの死を予感させるような事故を体験した
  • 会社の経営に関連する重大なミスをし、事後対応を行った

上記は一例です。詳しくは、業務による心理的負荷評価表(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118a.pdf)をご確認ください。

このような心理的負荷が精神障害を発表する前の6ヶ月の間に確認されれば、「対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」に当てはまることになります。

業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと

発症した精神障害が、業務を起因としない場合には、労災認定は受けられません。
そのため、労災認定の申請後には、業務外の心理的負荷の有無についても調査が行われることになります。業務外の心理的負荷や既往症が認められた場合には、労災認定はされにくくなりますが、業務における心理的負荷の有無についても調査が行われた上で、認定の可否は決定されます。

自殺が労災認定されたケース

自殺が労災認定された具体的なケースをご紹介しましょう。
2017年、当時28歳の自動車会社の社員が自殺した件に関し、労災が認定されました。
当該社員は、入社後特定の上司からの暴言を始めとしたパワハラによって精神障害を発症し休職、復職後自殺に至ったといいます。この件に関し、会社側は、「会社として責任を負うものではない」と労災責任を否定しました。しかし、調査の結果、管轄の労働基準監督署は労災認定を行いました。

この件については、「特別な出来事(パワハラ)による強い心理的負担があったこと」や「精神障害の発症が認められること」「周囲からの証言が得られていること」などが、判断基準になったと考えられます。

この例のように、会社側が労災を否定することは珍しくありません。そのため、労災認定を受けるためには、客観的な証拠や証言が求められます。

労災認定されなかった場合

過労自殺は、労災認定されないこともあります。令和元年の過労死等に関する労災請求件数は2,996件でしたが、そのうち補償給付が行われたのは725件で、2,271件は労災認定がされていません。現状、請求に対する認定の割合は、わずか25%程度なのです。

では、過労自殺と考えられる事象が労災認定されなかった場合、どうすればいいのでしょう。
先述の通り、労災認定がされなかった場合は、「審査請求」また「再審査請求」という不服申し立て制度を利用することができます。そして、「審査請求」や「再審査請求」でも認定がされない場合には、「処分取消訴訟」という行政訴訟を起こすことができます。訴訟を起こすと、それまでの過程で労災の判断を行った労働基準監督署や労働局、労働保険審査会ではなく、裁判所が労災の判断を行うことになります。そのため、違った判断が出される可能性があるのです。

ただし、訴訟を起こす場合には「再審査請求」の決定から6ヶ月以内の訴訟提起が必要とされているので、期限を意識した準備が必要になります。

遺族が損害賠償請求するには

過労死や過労自殺が起こった場合に労災が認定されれば、遺族は死亡した労働者に代わって、雇用主に対する損害賠償請求を行うことが可能です。

損害賠償手続きには「任意交渉」と「訴訟」があり、まずは「任意交渉」を、雇用主が支払いに応じない場合には、「地方裁判所での訴訟」→「高等栽培での訴訟」→「最高裁判所での訴訟」と訴訟を進めていくことになります。

また、損害賠償請求にあたっては以下の2点に注意しておく必要があります。

①損害賠償請求の時効
損害賠償請求を行うには、「労働者が死亡したときから3年」安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の場合は「労働者が死亡したときから10年」という時効があり、時効を過ぎると損害賠償請求権は消失してしまいます。
②相続放棄
亡くなった労働者の相続を放棄してしまうと、損害賠償請求権も放棄したことになってしまいます。そのため、過労死や過労自殺の疑いがある場合、相続放棄についてはよく検討しなければなりません。

損害賠償請求のための訴訟は、長い年数を要することが多く、遺族への負担は大きいものになります。そのため、負担を溜め込まず、弁護士や周りの人の力を借りることも大切でしょう。

まとめ

過労死や過労自殺による労災認定についてご紹介しました。
過労死や過労自殺はまず防ぐことが大切ですが、もし起こってしまったら、残された遺族にとっては、労災認定を受けて補償を受け取ることが大切になります。

ただし、身近に過労死及び過労自殺が起こった時に、冷静に労災認定のための手続きを行える方は少ないでしょう。そんな時には、自分でなんとかしようとするのではなく、弁護士にご相談ください。弁護士が、遺族の代わりに適切な手続きを行ったり対応のアドバイスを行ったりと、遺族の方々の力になります。
過労死や過労自殺は遺族にとっても社会にとっても大きな問題です。だからこそ、万が一の時には法律のプロである弁護士に頼って、適切な手続きを行いましょう。