業務中や通勤中に負った傷病の治療で労働者が病院に通院する場合、その治療にかかる費用は労災保険から補償されます。日本では、労災による傷病であることを申告すれば、どの病院でも、労災保険の使用を前提とした対応を受けることが可能です。
ただし、通う病院については、さまざまな理由により、途中で別の病院への転院を検討する方もいるでしょう。果たして、労災による傷病の治療中に、通う病院を変更することはできるのでしょうか。
今回は、労災による傷病治療中の病院の変更について詳しく解説します。
労災治療中に病院の変更はできる?
まず結論から述べると、「労災の傷病治療中であっても、通院している病院を変更することは可能」です。
どの病院で治療を受けるかは、基本的に労働者本人の自由です。職場で怪我をして職場近くの病院を一旦は受診しても、通いやすさや専門性の観点から、他の病院で後の治療を希望する方もいるでしょう。
労災保険を利用して治療を受けているからといって、それを我慢する必要はありません。
労災の傷病治療中には、労災指定病院から他の労災指定病院へも、労災指定ではない病院へも転院することができます。また、労災指定ではない病院から労災指定病院へも、他の労災指定ではない病院へも転院可能です。
ただし、別の病院で治療を継続するとなると手続きは必要です。今回は、この手続きについても詳しくご紹介していきます。
紹介状がない場合も転院できる?
前に通っていた病院の紹介状がなくても、別の病院に転院することは可能です。
しかし、紹介状がなければ、新しい病院は前の病院での治療情報を引き継ぐことができません。これにより、適切な治療を受けることができなくなってしまう恐れがあります。
また病院によっては、紹介状なしの転院を受け入れないところもあるでしょう。
しっかり治療を続けるためにも、転院前の病院から紹介状を受け取ることは、非常に重要です。よって、転院時には必ず医師に相談し、紹介状を書いてもらうようにしましょう。
病院を変更する際にしておくべき準備
病院の変更を進めるためには、次の3つの準備が必要です。
- 会社から労災書類への証明をもらう
- 変更前の病院から紹介状をもらう
- 自身の症状を把握しておく
各準備について詳しくみていきましょう。
①会社から労災書類への証明をもらう
病院の変更にあたっては、あらためて労災保険の申請書類の提出が必要です。この書類には会社による証明欄が設けられているので、スムーズに手続きを進めるためには、事前に会社に証明をもらっておきましょう。
しかし、場合によっては会社が労災申請に協力的でなく、証明をもらえないということもあるでしょう。そのような場合には証明欄は空白で構いません。病院または労基署への書類提出時に、その事情を伝えるようにすれば、書類は受け付けてもらえます。
②変更前の病院から紹介状をもらう
前述のとおり、変更前の病院からは紹介状をもらっておくようにしてください。これは、次の病院で適切に治療を引き継ぐために重要なことです。
主治医との関係が良くなく、黙って転院してしまう方もいますが、この場合、適切な治療がスムーズに受けられないなど、労働者自身が不都合を被る可能性があります。最悪の場合、障害が残ってしまったり、その補償が労災保険から受け取れなかったりすることも考えられます。
このようなことを避けるためにも、転院は必ず主治医に相談し、紹介状の作成を依頼するようにしましょう。
③自身の症状を把握してお
転院にあたっては、傷病の症状を自身でしっかり把握しておくことも大切です。新しい主治医に正しく自身の傷病を理解してもらうためには、その状態を自分で正確に伝えなければならないためです。
症状が正しく理解されなければ、「治ゆ」の判断により労災保険の給付が打ち切られてしまう可能性もあります。これを避けるためにも、「現在の症状をよく理解し新しい主治医に伝えること」を重視するようにしてください。
【ケース別】労災での治療中に病院を変更する際の手続き
ここからは、労災による傷病治療中に病院を変更する際の手続きについて、「労災指定病院から労災指定病院」「労災指定病院から指定外の病院」「指定外の病院から労災指定病院」の3つのケースに分けてご説明します。
労災指定病院から労災指定病院への転院
労災指定病院で治療を受けていた労働者が別の労災指定病院に転院する際には、新しく通う病院に次の書類を提出します。
・業務災害の場合:療養補償給付たる療養届の給付を受ける指定病院等変更届(様式第6号) ・通勤災害の場合:療養給付たる療養の給付を受ける指定病院等変更届(様式第16号の4) |
業務災害が通勤災害かで使用する書類の様式は異なるため、間違えないよう気をつけましょう。
また、これらの書類は、厚生労働省のWebサイトからダウンロードが可能です。
労災指定病院から指定外の病院への転院
労災指定病院で治療を受けていた労働者が労災指定外の病院に転院する際には、新しく通う病院に労災関連書類を提出する必要はありません。病院の窓口で労災による傷病の治療である旨を伝え、前の病院で発行してもらった紹介状を渡しましょう。
ただし、労災指定外の病院で治療を受けた時には、被災労働者は一旦窓口で治療費や薬代を全額立て替えなければなりません。その後、次の書類を労働基準監督署に提出することで、労災保険に療養(補償)給付を請求します。
・業務災害の場合:療養補償給付たる療養の費用請求書(様式第7号) ・通勤災害の場合:療養給付たる療養の費用請求書(様式第16号の5) |
請求が認められれば、後日被災労働者の指定口座に治療費や薬代が返還されます。
労災指定外の病院を受診する際には、治療費立て替えによる一時的な負担が労働者に生じることを把握しておきましょう。
指定外の病院から労災指定病院への転院
労災指定外の病院で治療を受けていた労働者が労災指定の病院に転院する際には、新しく通う病院に次の書類を提出します。
・業務災害の場合:療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号) ・通勤災害の場合:療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号の3) |
これらの書類を提出すれば、費用を一時的に立て替える必要も労基署に書類を提出する必要もありません。
病院変更の手続きをする際の注意点
労災の傷病を治療している病院の変更手続きでは、次の2点にご注意ください。
会社の協力が必要
前述の変更届や請求書には、会社の証明欄が設けられています。書類を提出するには、この欄を会社に記入してもらわなければなりません。
ただし、前述したように、会社が書類の記入に協力してくれない場合には、証明欄は空白でも構いません。書類提出時に、会社の協力が得られない旨を担当者に伝えるか、別紙に記入して書類共に提出するようにしましょう。
妥当な変更理由でなければならない
ご紹介したとおり、労災による傷病を治療している労働者は、自身の意思で自由に病院を変えることができます。
ただし、変更にあたって提出する書類には、「どの病院からの転院か」「なぜ病院を変更するのか」などを記入しなければなりません。そのためには、「通いやすさを重視したい」「受けたい治療設備がその病院にしかない」など、妥当な変更理由が必要でしょう。
「主治医と反りが合わない」などの理由は、妥当とは言えないので避けるようにしてください。
労災事故について悩んだら弁護士に相談
「会社が療養に労災保険を使わせてくれない」「労災隠しを強要されている」「会社に損害賠償を請求したい」など、労災事故について悩んだ時には、労働問題を扱う弁護士にご相談ください。
弁護士は、法律の知識と経験を活かし、労災事故に遭った労働者の権利を守ります。労働者個人では難しい手続きや交渉も、弁護士が介入すればスムーズになるでしょう。
然るべき補償をしっかり受けるためにも、労災トラブルに巻き込まれた際には、弁護士の手を借りるようにしてください。