労災保険は、労災にあった労働者の生活を補償するための保険です。会社の事業主には、雇用している労働者を労災保険へ加入させる義務があり、万が一労働者が業務中や通勤中に傷病を負った場合には、労災保険から給付金が給付されます。
このように、労働者を対象とする労災保険ですが、労働者が副業や兼業、ダブルワークを行なっている場合には、労災保険の扱いはどのようになるのでしょうか。
今回は、労災保険と副業(兼業・ダブルワーク)についてご説明しましょう。
副業・兼業・ダブルワークの場合、労災保険の加入はどうなる?
副業・兼業でも労災保険に加入できる
副業や兼業であっても、各会社における労働者の労災保険への加入は必須です。労働者が会社Aでの仕事と会社Bでの仕事を兼業しているのであれば、会社Aでも会社Bでも、それぞれ労災保険に加入することになります。
労災保険へ労働者を加入させる義務は事業主にあるため、会社側が手続きを行うのが一般的でしょう。保険料もそれぞれの事業主が全額を支払います。
また、労災保険の保険料は、対象労働者の賃金や業種ごとの掛け率によって変わります。そのため、それぞれの会社で得る賃金や業種によって、会社Aの事業主が支払う労災保険料と会社Bの事業主が支払う労災保険料には金額の違いが生じます。
フリーランスは対象外
ご紹介したように、副業・兼業であっても、会社に雇用されていればそれぞれの会社で労災保険に加入できます。
しかし、労災保険の対象は雇用されて賃金を受け取っている「労働者」であり、フリーランスや自営業者は対象になりません。よって、副業・兼業としてフリーランスや自営で行なっている職に関しては、労災保険には加入できないのです。
ただし、一部のフリーランス・自営業者に対しては、「特別加入」としての労災保険加入が認められており、今後その枠の拡大が検討されています。
副業・兼業・ダブルワークの労災の問題点(改正前)
近年、企業の副業規制が緩和され、副業や兼業をする労働者が増加しています。ダブルワークをすることによって、収入が増えたりキャリアを積めたりすることは、副業・兼業の大きなメリットです。
しかし、労災保険の観点から見ると、副業・兼業は大きな問題点を抱えていました。ここからは、2020年9月の労災保険法改正前に生じていた、副業・兼業の労災保険に関する問題点について見ていきましょう。
労災給付の算出
まず、労災の場合に給付される労災給付金の算出方法について確認しておきましょう。ここでは、労災による傷病で休業を余儀なくされた場合の休業(補償)給付を例に挙げます。
- 休業(補償)給付の算出方法
- 休業4日目から、1日につき原則、「給付基礎日額」の60%+20%(特別給付)
このように、休業(補償)給付は「給付基礎日額」を元に算出されます。また、傷病(補償)年金給付や障害(補償)給付、遺族(補償)給付も「給付基礎日額」または「算定基礎日額」を元に算出されます。
- 給付基礎日額とは
- 労災発生または診断確定した日の、直前3ヶ月間に、労働者が事業主から受けた賃金の総額(ボーナス等は除く)を日数で割った額。1日当たりの平均賃金。
- 算定基礎日額とは
- 労災発生または診断確定した日の、前1年間に、労働者が事業主から受けた特別給与(ボーナス等)の総額を365で割った額。
このように、労災保険の給付金は、普段受け取っている賃金が算出のベースとなっていることを押さえておきましょう。
兼業でも、適用される労災保険はひとつの会社のみ
2020年9月の労災保険法改正前における、副業・兼業をしている人の労災保険に関する問題は、「労災に遭うと、労災が起こった会社での労災保険しか適用されない点」にありました。
例えば、A社とB社で副業・兼業し、どちらの会社でも労災保険に加入している人が、B社での業務中に労災にあった場合には、労災保険の給付はB社での契約分のみ適用されていました。具体的に見てみましょう。
●労災保険法改正前のダブルワーカー労災給付例
A社とB社でダブルワークしている労働者
・A社での平均月給20万円 ・B社での平均月給10万円 |
B社業務中にケガを負い、A社もB社も休業 |
B社での労災保険のみ適用
→給付基礎日額10万円×3ヶ月÷90日=約3,300円 →おおよその給付額(1ヶ月)3,300円×30日×80%=約79,000円 |
月収30万円から給付による収入約79,000円に・・・ |
B社での労災による傷病により、労働者は、A社での仕事もB社での仕事も休業することになります。しかし、労災給付の対象となるのは、労災が起こったB社での労災保険のみです。
前述の通り、労災保険からの給付額は、それまでの賃金をベースとする給付基礎日額を基に算出されます。そのため、労災保険からの給付を受けたとしても、給付額は会社Bからの賃金に対する額のみとなり、労働者の収入は激減してしまいます。
このような仕組みの労災保険では、労災によって療養や休業を余儀なくされた副業・兼業労働者の生活を十分に支えることはできません。そして、この問題を解決するために、次章でご紹介する労災保険法の改正が行われました。
2020年9月に改正された労災保険法で、何が変わった?
前述したような問題を受け、2020年9月に労災保険法の改正が行われました。
副業・兼業を行う労働者に対する労災給付は、「全ての就業先の賃金を合算した額」をベースとすることになったのです。
つまり、前者の例の場合であれば、労働者はA社の月給20万円とB社の月給10万円を足した30万円をベースに、給付基礎日額を算出できることになります。
●労災保険法改正後のダブルワーカー労災給付例
A社とB社でダブルワークしている労働者
A社とB社でダブルワークしている労働者 ・A社での平均月給20万円 ・B社での平均月給10万円 |
B社業務中にケガを負い、A社もB社も休業 |
両社の賃金合算での労災給付算出可能に
→給付基礎日額(20万円+10万円)×3ヶ月÷90日=約1万円 →おおよその給付額(1ヶ月)1万円×30日×80%=約24万円 |
月収30万円から給付による収入約24万円に! |
この制度は、「複数業務要因災害に関する保険給付」と呼ばれます。また、対象となる労働者は「複数事業労働者」と呼ばれ、以下のような者を指します。
- 「算定事由発生日」に事業主が同一でない複数の事業場で就業している者
- 「傷病等の原因または要因となる事由が生じた時期」に、事業主が同一でない複数の事業場で就業している者
また今回の改正では、A社とB社で個別に労災認定されなかった場合でも、両者での仕事を総合的に判断した労災認定が可能になりました。
労災保険法の改定により、複数の会社で副業・兼業を行う労働者の補償は手厚くなったと言えるでしょう。
まとめ
労災保険と副業(兼業・ダブルワーク)についてご紹介しました。
2020年の労災保険法改定により、ダブルワーカーの労災給付問題は随分改善されました。
とはいえ、フリーランスや個人事業主に対する労災補償は未だ整備されていません。副業・兼業をする労働者には、フリーランスや個人事業主として働く人が多いため、「複数業務要因災害に関する保険給付」の恩恵を受けられる対象は限定的だと言えるでしょう。
このように、労災補償は内容や手続きなどが複雑です。もし、労災に関する困りごとがあるのなら、弁護士への相談もご検討ください。法律の観点から、的確なサポートをさせていただきます。