業務に起因して起こった事故による傷病や死亡を、労災と呼びます。
労災に遭った場合、労働者は労災保険から補償を受けますが、それとは別に会社を訴えて損害賠償を請求することも可能です。
では、会社を訴えることができるのはどのような場合なのでしょうか。
今回は、労災で会社を訴える場合の判断基準や手続きについて詳しく解説します。
会社に対して損害賠償請求できるケースとは?
まずは、会社に対する損害賠償請求の可否についてご説明します。
損害賠償を請求できるケース
会社に損害賠償を請求できる主要なケースとしては、次のようなものが挙げられます。
- 安全配慮義務が認められるケース
- 使用者責任が認められるケース
- 工作物責任が認められるケース
各ケースについて詳しく見ていきましょう。
安全配慮義務が認められるケース
労働契約法では、労働者を雇用する会社に対し、安全配慮義務というものが義務付けられています。
【安全配慮義務とは】
労働者がその生命や身体などの安全を確保しながら働くために必要な配慮をするという、使用者が負う義務のこと |
つまり、会社には労働者が安全に働けるよう環境を整える義務があるのです。
会社がこの安全配慮義務に違反したために労災が起こった場合には、被災労働者は会社を訴え、損害賠償を請求することが可能です。その場合の理由は、「安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任」となります。
例を挙げてみましょう。
故障した機械をそのまま使わせていた結果、機械の誤作動により労働者が怪我を負った
炎天下にも関わらず野外での長時間労働を支持し、作業員が熱中症で倒れた
このような労災事故は、機械の管理や労働環境への配慮の面で、会社が安全配慮義務を怠っていたために起こったもの。上記の場合であれば、「安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任」を理由に会社を訴えることができると考えられます。
使用者責任が認められるケース
使用者責任とは、民法で定められている会社が負うべき責任のことです。
【使用者責任とは】
会社の従業員が業務上で第三者に損害を与えた場合、第三者だけでなく会社もその損害賠償責任を負うということ |
つまり、会社の従業員が業務中に他者に損害を与えた場合には、その責任は従業員だけでなく、会社にも発生するのです。よって、使用者責任が認められる場合には、被災労働者は加害労働者だけでなく、会社に対しても訴えを起こし、損害賠償請求を行うことができます。
例を見てみましょう。
従業員が重機の操作を誤り、別の従業員を轢いてしまった
上司からのパワハラにより、その部下がうつ病を発症した
このような場合には、被災労働者は使用者責任を理由に会社を訴えることができます。
ただし、会社が、労災が起こらないよう再三注意をしていたような場合、相当な注意をしていても起こってしまう損害であったような場合については、会社の責任を問えないこともあるので注意しましょう。
工作物責任が認められるケース
工作物責任とは、民法により工作物の所有者に対して定められている責任のことです。
【工作物責任とは】 工作物の瑕疵により他者に損害を与えた場合には、その責任は工作物の所有者が負うというこ と。
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つまり、建物や設備の不具合を原因とした労災事故の場合、その責任は建物や設備の所有者に発生するのです。
例を見てみましょう。
会社の階段が抜け、そこか落下した従業員が怪我を負った
社内の漏電で火災が発生し、中にいた従業員が火傷を負った
このような場合、もともとの労災発生の原因は会社の設備不良にあります。工作物責任の観点から、その責任は会社にあるとされるため、このような場合に怪我を負った労働者は、会社を訴えることができます。
損害賠償を請求できないケース
次に、会社を訴えることができないケースとしては、次のようなものが考えられます。
- 会社に責任がないケース
- 時効が過ぎて請求権が消滅しているケース
各ケースについて詳しくご説明します。
会社に責任がないケース
不法行為や債務不履行など、労災事故の発生にあたって会社に法的な責任がない場合、被災労働者が会社を訴えて損害賠償請求を行うことはできません。
例えば、重機の操作ミスで従業員が怪我を負ったような場合であっても、会社側が重機の操作について事前に然るべき指導を行なっていた場合には、会社の安全配慮義務違反や使用者責任を問うことはできません。
損害賠償請求ができるのは、あくまで会社側に法的な過失があった場合。起こり得る事故に対して対策や注意が行われていたような場合には、会社側の過失を問うことは難しいでしょう。
時効が過ぎて請求権が消滅しているケース
不法行為や債務不履行による損害賠償の請求権には、次のように時効が定められています。
【債務不履行(安全配慮義務違反)の時効】
債権者がその権利を行使できることを知った時から5年間行使しないとき 権利を行使できる時から10年間行使しないとき ※上記のうち、いずれか早い方が時効となる
【不法行為(使用者責任・工作物責任)の時効】 被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知ったときから5年間行使しないとき 不法行為の時から20年間行使しないとき ※上記のうち、いずれか早い方が時効となる |
時効を超えると会社を訴えて損害賠償を請求することはできなくなるので注意しましょう。
会社に対して請求することができる損害の種類
損害賠償には、複数の種類があります。
労災事故にあたって会社に請求できる可能性がある損害賠償の種類を表で確認していきましょう。
財産的損害 | 積極損害 | 治療費関係費、入通院交通費、介護費、葬儀費など |
消極損害 | 休業損害、逸失利益(後遺障害・死亡)など | |
精神的損害 | l 入通院慰謝料
l 後遺障害慰謝料 l 死亡慰謝料 |
損害賠償は、大きく「財産的損害」と「精神的損害」に分類され、そのうちの「財産的損害」は、さらに「積極損害」と「消極損害」に分類されます。また、「積極損害」は事故がなければかからなかった費用を指し、「消極損害」は事故がなければ得られていたであろう利益の喪失を指します。
損害賠償では、「精神的損害」として相手に慰謝料を請求できる点が大きなポイントです。
労災保険では、慰謝料は給付されません。しかし損害賠償請求を行えば、被災労働者は慰謝料として精神的な損害に対する補償を受けることが可能になります。
また、損害賠償の手続きは弁護士に依頼することが多いですが、損害賠償請求ではこの時発生する弁護士費用についても、相手側に請求することができます。
労働災害発生から裁判に至るまでの流れ
労働災害発生から、損害賠償請求を行うための裁判までの大まかな流れは、以下のようになります。
- 労働災害発生
- 医療機関の受診
- 労災申請手続き、労災認定
- 示談交渉
- 裁判
労災に遭ったら、まずはその旨を会社に報告し、速やかに医療機関で治療を受けます。その後労災請求の書類を作成して労働基準監督署へ提出し、労災認定・不認定の結果を待ちましょう。
労災が認定されれば、労災保険からの補償を受け取ることができます。
その後示談交渉に入りますが、示談や裁判において相手に請求する損害賠償請求額は、労災保険からの給付額がわからなければ正確に算出できません。そのため、手続きは労災保険の給付額が確定してからになるでしょう。
示談交渉では、事故の責任と示談金(損害賠償)の額について、相手側と話し合い、落とし所を探ります。この交渉で合意に至らない場合には、民事訴訟を起こして裁判で決着をつけることになります。
とはいえ、裁判となると、時間や費用、また精神的な面で双方の負担は大きくなります。そのため、まずは示談での解決を目指すのが一般的です。
示談交渉については、「労災の示談交渉とは?注意点・解決までの流れを解説」で詳しく解説しています。
労災の損害賠償請求が認められた判例
最後に、労災による損害賠償請求が認められた実際の判例を2つご紹介します。
長時間労働による労災事例
【事例】
自動車整備を行うX社で整備士として働いていたAさんは、精神疾患を発症し、その後自殺しました。このことについて、Aさんの遺族は「自殺の理由は違法な長時間労働による精神疾患だ」として、会社に損害賠償請求を行ないました。
【判決】
一審では、自殺と長時間労働に明らかな関連が見受けられないと、請求は棄却されました。
しかし、これを不服とし、遺族が控訴。その結果、事故から約2年半後に労働基準監督署により労災が認定されることとなりました。
会社の安全配慮義務違反と使用者責任も認められ、裁判所は会社に対し遺族に対する賠償命令を下しました。
作業中の交通事故による労災事例
【事例】
Y社で働くBさんは、宿直中の社内で強盗に遭い、暴力を受け死亡しました。
この社屋には、のぞき窓やインターホン、防犯ベルなどの防犯設備が整備されていなかったことから、遺族は会社の安全配慮義務違反を主張し、損害賠償請求を行いました。
【判決】
裁判所は「Bさん1人での宿直を命じた以上、それを安全に遂行できる環境整備が必要」として、会社の安全配慮義務違反を認めました。
会社は上告したものの、裁判所はこれを棄却しています。
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求については、「労災で損害賠償は請求できるか?(安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求について)」もご確認ください。
まとめ
労災で会社を訴え、損害賠償を請求する場合には、必ず弁護士に相談しましょう。
損害賠償請求には、複雑な手続きや判断が伴います。弁護士の手を借りれば、会社の責任の有無や請求する賠償額を正確に判断してもらうことができ、また示談交渉や裁判を任せることも可能です。
自身の負担を軽減し、有利に損害賠償請求を進めるためにも、弁護士の力は効果的。
損害賠償請求を検討する際には、まずは労働問題の実績がある弁護士に相談し、アドバイスを受けるようにしてください。