脳内の血管が突然破れることにより、重篤な症状を引き起こす脳出血。「仕事中に脳出血で倒れた」「家族が脳出血で倒れ、亡くなった」というケースも少なくはありません。
仕事中に脳出血を発症した場合、一定の要件を満たしていれば、労災申請によって労災保険の補償を受けられる可能性があります。
目次
「仕事中に倒れた」という事情は労災認定に影響するか
脳出血のような脳疾患の場合、「仕事中に倒れた」という事情だけで、労災と認定されるわけではありません。
脳出血で労災認定を受けるためには、「業務による明らかな過重負荷があったかどうか」が重要です。厚生労働省は、脳・心臓疾患における荷重負荷の有無を、以下の3点から客観的に評価すると定めています。
①長期間の過重業務
②短期間の過重業務
③異常な出来事
上記のいずれかの要素が認められる場合、脳出血をはじめとした脳疾患や心臓疾患は、業務上の疾病であるとして労災認定を受けることができます。単に勤務時間中・職場で倒れたというだけでは、労災は認定されないのです。
逆にいえば、発症のタイミングが業務中ではなく休日や自宅、休憩・トイレ・仮眠・待機中などであっても、上記3点の要素のいずれかに該当すれば、業務による過重負荷があったとして、労災認定を受けられる可能性があります。
脳・心疾患の労災認定基準
ここからは、前述した脳・心臓疾患の労災認定基準となる3つの要素について、詳しく解説していきます。以下の3つの要素のいずれかに該当する場合、脳・心臓疾患は労災認定の対象になります。
①長期間の過重業務
「発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと」が認められるかどうかが、第一の要素です。ここでいう「発症前の長期間」とは、発症前のおおむね6ヶ月間を指します。
「長期間の過重業務」の有無は、業務量や業務内容、作業環境等を考慮した上で、特に過重な身体的・精神的負荷が認められるかという点から、客観的かつ総合的に判断していきます。
評価の基準はいくつかありますが、「1ヶ月あたりおおむね45時間を超える時間外労働があったかどうか」は、重要な判断基準の一つです。45時間を超え、労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連は強くなります。
その他の労働時間の評価や負荷要因となり得る事象など具体的な判断基準については、厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定」からご確認ください。
②短期間の過重業務
「発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと」が認められるかどうかが、第二の要素です。ここでいう「発症に近接した時期」とは、発症前のおおむね1週間を指します。
「短期間の過重業務」の有無も、業務量や業務内容、作業環境等を考慮した上で、特に過重な身体的・精神的負荷が認められるかどうかという点から、客観的かつ総合的に判断することになります。判断においては、業務と発症との時間的関連性や業務の荷重性が大きなポイントとなり、特に業務の荷重性については労働時間以外の負荷要因も踏まえ、検討を行います。
③異常な出来事
「発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと」が認められるかどうかが、第三の要素です。
「異常な出来事」の有無は、精神的負荷・身体的負荷・作業環境の変化といった項目において、「通常遭遇することが稀な甚大・著しい出来事であったか」という観点から、総合的かつ客観的に判断を行います。
過労死ラインの労働時間があれば、労災は認められるのか
前述の「①長期間の過重業務」でご説明したとおり、労働時間は労災の判断の上で最も明確な評価指標となります。
具体的な評価指標は、下記のとおりです。
・発症前の6か月間、時間外労働が1ヶ月45時間を超えると、業務と発症の関連性が強まる
・発症前の1ヶ月間におおむね100時間の時間外労働がある
・発症前の2ヶ月〜6ヶ月間に1ヶ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働がある
(厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定」より)
ただし、長時間労働さえしていれば、必ずしも労災が認められるわけではありません。「脳・心臓疾患の労災認定」を見て、「長時間労働の実態さえあれば労災認定されるんでしょう」と考える人は増えましたが、そう簡単にはいかないというのが実情です。
長時間労働を理由に労災認定を受けるためには、長時間労働の事実を証明する必要があります。
労災認定を受けるための長時間労働の証拠は、労働者側で用意しなければなりません。これが労災認定を阻むハードルになります。
例えば、タイムカードや勤怠システムの記録、PCログ、家族へのLINE帰宅メッセージなどを用意し、そこから実際の労働時間を客観的に証明する必要があるのです。
証拠集めや証拠をもとにした長時間労働の証明は、弁護士の手を借りることをおすすめします。
労働時間を示す証拠
労災認定のため労働時間を示す際は、以下のようなものが証拠になります。
- タイムカード
- 勤怠システムのデータ
- 出勤簿
- シフト表
- オフィスへの入退館ログ・施錠記録
- パソコンのログ
- 業務日報
- 会議の議事録
- 業務メール・チャット履歴
- 上司からの業務支持書
- 交通系ICカードの履歴
- タクシーの領収書
- メモ・スケジュール帳
- 家族へのメール・LINE
- 給与明細 など
上記のような資料は、実際の労働時間を把握するのに役立ちます。手書きよりもシステム上で打刻されるようなデータの方が、証拠としての強度は高くなります。
また、給与明細には残業代が明記されるため、その数字からどれくらい残業をしていたかを把握することも可能です。
長時間労働を証明するにあたっては、証拠は多いに越したことはありません。手元にある証拠はなるべく多く確保し、不十分である場合には弁護士を通した会社への資料開示請求も検討すると良いでしょう。
脳出血をきっかけに会社へ損害賠償請求を行った2つの判例
労災による脳出血について会社に法的責任が認められる場合には、労働者やその遺族は会社への損害賠償を行うことも可能です。
ここでは、脳出血をきっかけに会社へ損害賠償を行った裁判の事例を2つご紹介します。
La Tortuga事件
【概要】
レストランにて調理師として勤務していたXは、脳出血によって死亡しました。
遺族は「脳出血の原因は長期間におよぶ長時間労働による過労にある」として、レストランを運営する会社に対し、安全配慮義務違反による損害賠償を請求しました。また会社の代表者Yに対しては、Xの過重負担に然るべき対応をしなかったとして、不法行為による損害賠償を求めるべく、訴訟を提起しました。
【判決】
裁判所は、Xの恒常化した著しい長時間労働をYが認識していたことは明らかであるが、YはXの負担を軽減する措置を取らず、業務に従事させていたことから、注意義務違反があったといえると判断しました。また、長期間にわたる長時間労働およびYの注意義務違反とXの発症には相当因果関係があると認めました。
結果として、Yに不法行為にもとづく損害賠償の支払いを、会社に会社法350条(会社の代表者が職務に関して第三者に損害を与えた場合に会社がその損害を賠償する責任を負う)にもとづく損害賠償の支払いを命じました。
(参考:公益社団法人全国労働基準関係団体連合会 労働基準判例検索「la Tortuga(過労死)事件」)
サンセイほか事件
【概要】
会社従業員として働いていたXは、支社にて勤務中に脳出血を発症し、翌日死亡しました。
これを受け、遺族は「Xの脳出血の発症は会社から長時間の時間外労働を強いられたためである」として、会社およびその取締役等に対し、安全配慮義務違反や重過失による任務懈怠(会社法429条1項)を根拠にした損害賠償を請求すべく、訴訟を提起しました。
【判決】
原審では、会社の安全配慮義務違反を認めたものの、取締役については軽過失にとどまるとして、会社法429条1項にもとづく責任を否定しました。
しかしその後の控訴審では、Xの時間外労働が月80時間を超えていたことを把握していたにもかかわらず適切な措置を取らなかった取締役の責任を認め、会社と取締役両方に遺族への損害賠償の支払いを命じました。
この事案ではXが自身の高血圧について虚偽の申告をしていたことについても検討されましたが、この点は過失相殺の際に考慮され得るにすぎず、会社や取締役の責任を否定する理由にはならないと判断されました。
(参考:公益社団法人全国労働基準関係団体連合会 労働基準判例検索「サンセイほか事件」)
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