腱鞘炎でも労災になる?労災認定のポイントを解説

パソコンやタブレット、スマートフォンを使用した業務が一般的になった現代では、手指の酷使により腱鞘炎を発症する人が増えています。腱鞘炎は軽い疾病に思われやすいですが、痛みや痺れなどの辛い症状を伴います。

では、業務によって発症した腱鞘炎は、労災になるのでしょうか。

今回は、腱鞘炎の労災認定について詳しくご紹介します。

腱鞘炎(上肢障害)の労災認定基準

まずは、腱鞘炎と腱鞘炎の労災認定基準についてご説明します。

腱鞘炎は腱と腱鞘の炎症

腱鞘炎とは、腱と腱鞘(けんしょう)に炎症が起きている状態を指します。
人間の体には筋肉と骨の動きをサポートする「腱」という組織があります。この腱は、骨から離れないよう、「腱鞘」という鞘(さや)のような組織によって留められています。
この「腱」と「腱鞘」が何らかの原因でこすれて起きた炎症が、腱鞘炎です。

パソコン業務や部品の組み立て作業など手を酷使する業務が続くと、腱鞘がある指や手首などの部分に炎症が起き、疼痛が発生します。腫れが起きたりスムーズに手指を動かせなくなったりする場合もあり、ひどい場合には業務や日常生活に支障をきたすこともあります。

腱鞘炎は労災上「上肢障害」として取り扱われる

腱鞘炎は、労災上「上肢障害」のひとつとして扱われます。
上肢障害とは、以下のような状態を指します。

上肢障害
「腕や手を過度に使用すると、首から肩、腕、手、指にかけて炎症を起こしたり、関節や腱に異常をきたしたりすることがあります。
上肢障害とはこれらの炎症や異常をきたした状態を指します。」
(厚生労働省資料「上肢障害の労災認定」より)

上肢障害の代表的な診断名としては、腱鞘炎の他にも以下のような例が挙げられます。

・上腕骨外(内)上顆炎
・肘部管症候群
・回外(内)筋症候群
・手関節炎
・腱炎
・腱鞘炎
・手根管症候群
・書痙
・書痙様症状
・頸肩腕症候群

上肢障害の一種である腱鞘炎は、厚生労働省が定める「上肢障害の労災認定要件」に基づいて、労災上の取り扱いが行われます。

腱鞘炎(上肢障害)の労災認定要件

腱鞘炎(上肢障害)の労災認定要件は以下の3つです。

①上肢等※に負担のかかる作業を主とする業務に相当期間従事した後に発症したものであること。
(※後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕、手、指)
②発症前に過重な業務に就労したこと。
③過重な業務への就労と発症までの経過が医学上妥当なものと認められること
(厚生労働省資料「上肢障害の労災認定」より)

これら3つの要件を全て満たした場合、労働者は労災認定を受けられます。
より明確に要件を解釈するため、上記要件のアンダーライン部分についてより詳しく見ていきましょう。

「上肢等に負担のかかる作業」とは

①の要件における「上肢等に負担のかかる作業」としては、以下のような例が挙げられます。

・上肢の反復運動が多い作業(パソコンや運搬、製造作業なと)
・上肢を上げた状態で行う作業(塗装や溶接、清掃作業など)
・頸部や肩の動きがなく姿勢が拘束される作業(検査作業など)
・上肢等の特定の部位に負担がかかる作業(介護や保育作業など)

「相当期間」とは

①の要件における「相当期間」は、具体的には「原則として6か月程度以上」と定められています。

「過重な業務への就労」とは

疾病を発症する直前3か月の間に、以下のような状況で「上肢等に負担のかかる作業」を行なっていた場合、③の要件における「過重な業務への就労」に当てはまります。

・業務量が一定の場合
同種の労働者よりも10%以上業務量が多い日が3か月程度続いた

・業務量にばらつきがある場合
①1日の業務量が通常より20%以上多い日が、1か月に10日程度あり、それが3か月程度続いた(1か月間の業務の総量は通常と同じでもOK)
②1日の労働時間の3分の1程度の時間に行う業務量が通常より 20%以上多い日が、1か月に10日程度あり、それが3か月程度続いた(1日の平均業務量は通常と同じでもOK)

・その他以下の点も考慮される
長時間作業、連続作業
過度の緊張
他律的かつ過度な作業ペース
不適切な作業環境
過大な重量負荷、力の発揮

(厚生労働省資料「上肢障害の労災認定」より)

腱鞘炎で労災認定を受けるポイント

腱鞘炎で労災認定を受けるには、「発症した腱鞘炎の原因が業務にあること」を証明しなくてはなりません。そのためのポイントを2つご紹介します。

ポイント1:具体的な根拠や証拠を準備

腱鞘炎で労災認定を受けるには、前章の労災認定要件を全て満たさなければなりません。
業務の増加量やその期間、職場環境について、「発症した腱鞘炎の原因が業務にあること」を客観的に証明できるようにしておく必要があります。

タイムカードの記録や日記、メモなどを利用し、毎日の業務量や時間、環境を具体的な数字で表現できるようにしておきましょう。

ポイント2:速やかに医療機関を受診する

業務によって腕や指に痛みを感じたら、すぐに医療機関を受診するようにしましょう。

労災として、腱鞘炎の原因が業務であることを証明するためにも、速やかな受診は大切です。発症後時間が空いてしまうと、原因が業務にあることを証明できなくなってしまう可能性があります。

放っておくと症状が悪化することもあるので、回復のためにも我慢はしないようにしてください。

腱鞘炎の労災認定の難しさ

近年の業務では、パソコンやタブレット、スマートフォンを使用することが多く、働く人達は手指を酷使しています。製造業や運搬業も同様でしょう。
そのため、業務によって腱鞘炎を発症する事例は少なくありません。

ただし、腱鞘炎で労災認定を受けるのは、決して簡単とは言えません。
腱鞘炎の原因が業務にあることを証明することが難しいためです。

腱鞘炎は、日常動作によって発症することもある症状です。仕事以外でパソコンやスマートフォンを使ったり、スポーツで手を使ったりして腱鞘炎になることもあるでしょう。
発症した腱鞘炎の原因が、日常生活でなく業務にあることを特定できる要素がなくては、腱鞘炎の労災認定はされません。

腱鞘炎で労災認定を受けるには、前章で述べた「具体的な根拠や証拠を準備すること」と「速やかな医療機関の受診」が大切です。

腱鞘炎の労災認定事例

腱鞘炎の労災認定事例を2つご紹介します。
これらの事例はどちらも腱鞘炎(上肢障害)の労災認定3要件を全て満たしたことから、労災と認定されました。

事例①

情報入力の仕事を担っているAさんは、日頃から業務でパソコンを使用している。ここ数ヶ月の間、Aさんの業務量は他の社員に比べ、10%以上多かった。
やがてAさんは手指に疼痛や痺れを感じるように。病院で「腱鞘炎」との診断を受けた。

事例②

Bさんは、パソコンやファックスを用いた発注業務を1人で行っている。入社して数ヶ月後から、急激に業務が増加した。それまでの倍以上の業務量を担うようになった。
食事もとれず、残業を続ける毎日が続き、半年ほど経った頃についに手首に腱鞘炎を発症した。

まとめ

腱鞘炎は、日常的に起こりやすいだけに、労災認定のハードルが高い症状だと言えるでしょう。
労災認定は労働基準監督署が判断します。面談時にできるだけ数字を使って具体的に説明できるよう、業務時間や業務内容を普段から記録しておくと良いですね。

腱鞘炎に限らず、証拠が揃えられなかったり会社が協力的でなかったりと、労災手続きのトラブルは少なくありません。
労災に関して何か困り事があれば、一度弁護士にご相談ください。法律的な視点からサポートを受けることで、トラブルの速やかな解決が目指せます。