腰痛が労災認定されるには?その事例

腰痛は、もはや国民病ともいえる病気で、日本の5人に1人は腰痛持ちであるとか、責任世代にさしかかる30代40代においては約7割が腰痛に悩まされているデータがあります。
厚生労働省では、労働者に発生した腰痛が業務上のものとして労災認定できるかを判断するために、「業務上腰痛の認定基準」を定めています。今回は、この認定基準について、詳しく見ていきましょう。
認定基準では、腰痛を以下の2種類に分類し、それぞれ労災補償の対象と認定するための要件を定めています。労災補償の対象となる腰痛は、医師により療養の必要があると診断されたものに限ります。

労災認定される腰痛

ケース①:災害性の原因による腰痛

負傷などにより腰痛が発症した場合で、次の2つの要件のいずれをも満たすこと

(1)腰の負傷又はその負傷の原因となった急激な力の作用が、仕事中の突発的なできごとによって生じたと明らかに認められること。
(2)腰に作用した力が腰痛を発症させ、又は腰痛の既往症若しくは基礎疾患を著しく悪化させたと医学的に認められること。

ケース②:災害性の原因によらない腰痛

突発的な出来事が原因ではなく、重量物を取り扱う仕事など腰に過度の負担のかかる仕事に従事する労働者に発症した腰痛で、作業の状態や作業期間及び身体的条件からみて、仕事が原因で発症したものと認められるもの

それぞれの腰痛のケースについて、詳しい基準とは?

1.災害性の原因による腰痛

(1)「災害性の原因による腰痛」とは、腰に受けた外傷によって生じる腰痛のほか、外傷はないが、以下の具体例のように、突発的で急激なつ用力が原因となって筋肉等(筋、筋膜、靱帯等の軟部組織)が損傷して生じた腰痛を含みます。

(2)「災害性の原因による腰痛」の具体例

①重量物の運搬作業中に転倒したり、重量物を2人がかりで運搬する最中にそのうちの1人の者が滑って肩から荷をはずした場合のように、突然の出来事により急激な強い力が腰にかかったことにより生じた腰痛

②持ち上げる重量物が、予想に反して著しく重かったり、逆に軽かったりするときや、不適当な姿勢で重量物を持ち上げたりした場合のように、突発的で急激な強い力が腰に以上に作用したことにより生じた腰痛

なお、いわゆるぎっくり腰(急性腰痛症)は、日常的な動作の中で生じるので、たとえ仕事中に発症したとしても、労災補償の対象にはなりません。
ただし、発症時の動作や姿勢の異常性などから、腰への強い力の作用があった場合には業務上の腰痛と認められることがあります。

2.災害性の原因によらない腰痛

「災害性の原因によらない腰痛」とは、日々の業務による腰痛への負荷が徐々に作用して発症した腰痛を言い、その発症原因により次の2種類に区分して判断されます。

(1)筋肉等の疲労を原因とした腰痛

次のような業務に、比較的短期間(約3ヵ月から数年以内)従事したことによる、筋肉等の疲労を原因として発症した腰痛は、労災補償の対象となります。

①約20kg以上の重量物又は重量の異なる物を繰り返し中腰で取り扱う業務(港湾荷役など)
②腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務(配電工など)
③長時間にわたって腰部の伸展を行うことができず、同一作業姿勢を持続して行う業務(長距離トラックの運転業務など)
④腰に著しく大きな振動を受ける作業を継続して行う業務(車両系建設用機械の運転業務など)

(2)骨の変化を原因とした腰痛

次のような業務に、相当長期間(約10年以上)継続して従事したことによる骨の変化を原因として発症した腰痛は、労災補償の対象となります。

①約30kg以上の重量物を労働時間の3分の1程度以上取り扱う業務
②約20kg以上の重量物を労働時間の半分程度以上取り扱う業務

なお、腰痛は加齢による骨の変化によって発症することが多いため、骨の変化を原因とした腰痛が労災補償の対象と認められるには、その変化が「通常の加齢による骨変化の程度を明らかに超える場合」に限られます。
骨の変化が認められる病名としては、変形性脊椎症、骨粗鬆(しょう)症、腰椎分離症、すべり症等があります。この場合、変形性脊椎症は一般的な加齢による退行性変性としてみられるものが多く、骨粗鬆症は骨の代謝障害によるため、労災と認定されるかどうかは腰椎の変化と年齢との関連を特に考慮する必要があります。また、腰椎分離症、すべり症及び椎間板ヘルニアについては労働の積み重ねによって発症する可能性は極めて少ないと考えられます。

3.腰痛を労災認定するに当たっての留意事項

腰痛を起こす負傷又は疾病は、様々な原因が考えられます。したがって、腰痛の業務上外の認定に当たっては傷病名にとらわれることなく、症状の内容及び経過、負傷又は作用した力の程度、作業状態(取扱い重量物の形状、重量、作業姿勢、持続時間、回数等)、労働者の身体的条件(性別、年齢、体格等)、素因又は基礎疾患、作業従事歴、従事期間など、客観的な条件を考慮しなければならず、必要な場合は専門医の意見を聴く等の方法により適正に認定されなければなりません。

4.治療

腰痛が労災によるものと認定されたとして、次にどのような治療が労災による補償を受けられるかが問題となります。補償を受けられる治療法と範囲、治療期間について見ていきましょう。

(1)治療法

通常、腰痛に対する治療は、保存的療法(外科的な手術によらない治療方法)がとられるべきです。しかし、適切な保存的療法によっても症状の改善が見られない場合、手術的療法が有効な場合もあり、手術によって症状を改善することができるかどうか、慎重に考慮されます。

(2)治療の範囲

腰痛の治療の範囲は、原則としてその発症又は悪化する前の状態に回復させるためのものに限られます。ただし、その状態に回復させるための治療の必要上既往症又は基礎疾患の治療を要すると認められる場合、治療の範囲に含まれます。

(3)治療期間

業務上の腰痛は、適切な療養によればほぼ3、4ヵ月以内にその症状が軽快するのが一般的と考えられています。特に症状の回復が遅延する場合でも1年程度の療養で消退又は固定するものと考えられます。したがって、補償となる期間はおおむね3,4か月以内にされた治療についてと考えるべきでしょう。
ただし、胸腰椎に著しい病変が認められるものについては、必ずしも上記のような経過をとるとは限りませんので、別途考慮されます。

5.再発

業務上の腰痛が一旦治ゆした後、他に明らかな原因がなく再び症状が発現し療養を要すると認められるものについては、業務上の腰痛が再発したものとされ、補償を受けられる場合があります。
ただし、業務上の腰痛が治ゆ後1年以上、症状が安定したにもかかわらず他に原因がなく再発することは非常に稀であると考えられますので、実際に補償の範囲となるかは難しいと言えるでしょう。

労災認定される腰痛事例

1.災害性の原因による腰痛事例

(1)建設現場の作業員

被災者は、戸建て住宅の解体現場に従事する作業員であった。被災当日は、解体した住宅の一部を運び出す作業をしており、柱や壁など重量のある物を運搬していた。被災者は、柱を他の作業員と二人がかりで運び出そうとしていたところ、一緒に柱を持ち上げていた作業員が、別の資材につまずいて転倒した。被災者は、柱が転倒した作業員にぶつからないよう支えようとしたところ、腰に激痛が走り、病院に搬送された。
今回の場合、被災者は突然の出来事により急激な強い力が腰にかかったことにより腰痛が生じたとして、労災認定された。

(2)配送センターの作業員

被災者は、通信販売の商品を置いてある大規模な倉庫で配送業務に従事しており、勤務してまだ日が浅かった。業務の内容は、衣類や雑貨などの比較的軽いものから、家電製品や寝具など重い物などの荷物が入った段ボールを、倉庫の入り口から配送トラックへ積み込むというものであった。被災当日は、他に1名の作業員と作業をしており、他の作業員が入り口付近まで持ってきた段ボールを、被災者が直接受取り、トラックまで運び積み込んでいたところ、比較的小さい段ボールを受け取ろうとし、被災者はそれほど重いものは入っていない感覚で受け取ったところ、実際は、家庭用の簡易ダンベル(重さ約15kg)が入っていたためバランスを崩し、踏ん張ろうとしたところ腰を痛めてしまった。

今回の場合、被災者は勤務期間が浅く、段ボールの重さについて予想がつかず、一緒に作業していた作業員との声掛けも不十分であったため、重量物だと認識せずに段ボールを受け取ってしまい、突発的で急激な強い力が腰に異常にかかったことにより腰痛が生じたとして、労災認定された。

2.災害性の原因によらない腰痛事例

(1)港湾荷役作業

被災者は、30年以上にわたり港湾荷役に従事していた。主な取扱い物とその重さは、輸入される食料品や家電製品で、品目ごとに30㎏を越えていた。基本的にゴム手袋を使った人力作業で、袋詰め、上階から滑り台で降りてきた荷物をパレットに積む作業、パレット積み、バン出し、本船揚げ、艀揚げ、解袋切込みなどの作業に従事していた。現場による相違はあるが概ね1日約40tの作業量であった。
作業態様としては抱き抱えたり肩に担いで運搬する、中腰、腰をひねるなど、腰部、背部、上腕、下肢に過度の負担がかかる作業で、これらの作業が1日中続く密度の高い重筋労働であった。
被災者は、すっと腰痛に悩まされていたが、病院に行く暇もなく業務に従事していたところ、めまいや嘔吐を催す状態にまでなり、休業を余儀なくされた。

今回の場合、被災者の業務は典型的な港湾荷役作業であり、「災害性の原因によらない腰痛」の認定基準「重量物を取り扱う業務又は腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に相当長期間(概ね10年以上)にわたって継続して従事する労働者に発症した慢性的な腰痛」に該当するとして、労災認定された。

(2)長距離トラック運転

被災者は、トラックの配達ドライバーで、ルート配送業務を行っていた。業務内容は、配送センターの倉庫から自分のトラックへ商品を積み込み、積み込んだ商品を1日約8時間かけて県内各地20ヶ所以上にルート配送し、各地で商品を積み下ろし、同時に不要な商品を回収して配送センターに戻り、回収した商品を倉庫に戻すというものであった。
積荷の重さは軽重あるが、複数をまとめて持ち運ぶので、通常1回30㎏にもなる重量物を取り扱う作業であった。この積荷を、多い時期では100回程近くトラックに積み込み、そして各地で積み下ろす作業を毎日行っており、腰部に過度の負担がかかっていた。

今回の場合、被災者は「比較的短期間」の認定基準の「概ね20㎏程度以上の重量物又は軽重不同の物を繰り返し中腰で取り扱う業務」を行ってるとして、さらにトラック運転手として「長時間にわたって腰部の伸展を行うことのできない同一作業姿勢を持続して行う業務」に該当するとして、労災認定された。

(3)スーパーの従業員

被災者は、スーパーでレジ打ちや搬入作業、商品管理を行っていた。搬入作業は、商品を整理し、商品を入れた段ボールを台車に積み重ね、売り場に運び陳列する作業を行っていた。商品が入れられた段ボールは5㎏程度あり、これを6~8個台車に積み込み、商品の売り場で陳列するというもので、被災者はこの作業を行う傍ら、レジ打ちや電話対応、商品管理の作業を行っていた。
被災者はこれらの作業を続ける中、腰痛を発症し、しばらくは我慢しながら半年ほど仕事を続けたが、腰痛が続くので治療を開始した。しかし腰痛は治まらず、入社二年後に休業した。
商品を入れた段ボールを台車に積み重ね、売り場に運び陳列する作業は非常に狭い通路での作業で、作業スペースは幅50㎝程度しかなかった。

今回の場合、被災者は狭い通路で「腰部にとって極めて不自然な姿勢で毎日数時間程度行う業務」に該当するとして、労災認定された。