うつ病も労災になる?認定基準、手続き、事例をご紹介

近年、うつ病を患う人は増加傾向にあります。中でも、過酷な労働環境やプレッシャー、人間関係のいざこざなどといった仕事に関する事象を原因に、うつ病になる人は少なくありません。
しかし、うつ病のような精神障害は、身体的なケガや病気ほど明確に判断がしにくい傾向にあります。そのため、仕事が原因で発症したうつ病であっても、労災申請できるのか戸惑う方もいるでしょう。
そこで今回は、労災によるうつ病について、労災認定の可否や申請手続き、具体事例などをご紹介します。

うつ病も労災になる?うつ病の労災認定基準

うつ病の労災認定ハードルは高い

まずは、うつ病が労災として認められるのかどうかご説明しましょう。
結論から言うと、うつ病が労災として認められる可能性はあります。しかし、身体的な傷病と比べ、うつ病は労災認定が取りにくいのも事実です。
厚生労働省により発表されているデータを見てみましょう。

精神障害の請求、決定及び支給決定件数の推移

労災請求件数 労災認定可否の決定数 労災認定数

(支給決定数)

平成27年 1515 1306 472
平成28年 1586 1355 498
平成29年 1732 1545 506
平成30年 1820 1461 465
令和元年 2060 1586 509

厚生労働省「精神障害の労災認定」より

表からわかるように、近年精神障害による労災申請件数は大きく増加しています。にも関わらず、その労災認定件数は伸びておらず、労災認定されたのは申請総件数の3〜4分の1程度。大部分の精神障害が労災として認められず、申請者は労災保険による給付金を受け取れていません。
このような点から、うつ病は労災認定され得るものの、認定を勝ち取るためのハードルは非常に高いと言えるでしょう。

うつ病の労災認定基準

うつ病をはじめとした精神障害の労災認定には、
以下のような3つの認定基準が設けられています。

精神障害の労災認定基準

  • 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
  • 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  • 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

これらの基準を、順に詳しく見ていきましょう。

認定基準の対象となる精神障害を発病していること

認定基準の対象となる精神障害は、大きく以下の10種に分けられます。

  1. 症状性を含む器質性精神障害
  2. 精神作用物質使用による精神及び行動の障害
  3. 統合失調症、統合失調症型障害、および妄想性障害
  4. 気分(感情)障害
  5. 神経症性障害、ストレス関連障害、および身体表現性障害
  6. 生理的障害、および身体的要因に関連した行動症候群
  7. 成人のパーソナリティ、および行動障害
  8. 精神遅滞(知的障害)
  9. 心理的発達の障害
  10. 小児期、および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害

中でも、労災による精神障害に多いのは、③と④です。
ただし、精神障害といっても、認知症やアルコール・薬物障害、頭部外傷による障害などは、労災認定基準の対象にはなりません。

認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること

精神障害の労災認定には、発病した約6か月内に「業務による強い心理的負荷」が認められなければなりません。
この「業務による強い心理的負荷」の判断は、個別案件ごとに、厚生労働省による発表されている「業務による心理的負荷評価表」にあてはめていくことで行います。そして、これによって心理的負荷の強度を測り、強度が「強」と評価されれば、その案件は2番目の条件を満たすことになります。反対に、強度が「弱」や「中」と評価された場合には、その案件は労災とは認定されません。

業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

精神障害の労災認定では、「業務以外の心理的負荷による発病かどうか」「個体側要因による発病かどうか」という点でも調査を受けることになります。厚生労働省により発表されている「業務以外の心理的負荷表」に各案件を当てはめて、業務以外の心理的負荷の強度を測り、その度合いによって判断がなされます。
また、個体側要因の例としては、精神障害の既往症やアルコール依存症などが挙げられます。このような個体側要因になり得る症状があった場合には、それが今回の精神障害発病に繋がった可能性があるのか判断していきます。

うつ病の労災申請手続き

次に、うつ病の労災申請手続きについて見ていきましょう。業務によりうつ病を発症した場合には、以下のような手順で労災申請を進めていきます。

  1. 医療機関での診察を受ける
  2. 労働基準監督署へ申請書を提出(様式第5号については医療機関に提出)
  3. 申請を受け、労働基準監督署が調査を行う
  4. 労災認定・不認定の通知
  5. 不認定の場合、決定があったことを知った翌日から3か月以内の審査請求が可能

うつ病の労災申請においては、まずは医師からうつ病の診断を受けなければなりません。医師による診断やその時に記入されたカルテは、労災認定を左右することもあるため、正確に詳しく自身の症状や置かれた状況を話すようにしましょう。
また、申請書は自身の状況に合ったものを、管轄の労働基準監督署に提出します。(申請書は厚生労働省のホームページからダウンロード可能。)この時、労災を裏付ける証拠がある場合には、それも提出するようにしてください。それが有効な証拠であれば、労災認定の可能性は高くなります。
その後は労働基準監督署が調査に入り、労災の認定・不認定を判断します。

労災認定まで、どれくらいかかる?

うつ病の労災申請は上記のような手順で行われます。では、労災認定が出るまでにはどれくらいの時間がかかるのでしょうか。
一般的に、労災の申請から認定までにかかる期間は2,3か月程度と言われています。ケースバイケースではありますが、早ければ1か月程度で認定されることもあるようです。
しかし、うつ病による労災認定の場合は、より慎重な調査が必要になるため、通常よりも認定までに時間がかかります。早くても、半年以上はかかると思っておいた方がいいでしょう。長い場合は1年以上を要する場合もあり、もし不認定になって審査請求をした場合には、さらなる年月がかかります。
このように、申請から認定までの期間が長いことも、うつ病の労災申請における課題と言えるでしょう。

うつ病が労災認定されるのは難しい?労災認定事例

うつ病が労災認定されるには、第一章でご説明したような厳しい条件を満たさなくてはなりません。そのため、明確に業務との因果関係が証明できる身体的な傷病と比べると、労災認定を受けるのは難しいと言えます。
しかし、過去にはうつ病が労災認定されたケースももちろん存在します。そこでここからは、うつ病が労災認定された事例を2例ご紹介しましょう。

事例1

神奈川県のビルメンテナンス会社に勤務していたAさんは、うつ病を発症して原因が長時間労働にあるとして、労災申請を行なった。

  • 早朝から深夜まで勤務し、時間外手当はなし
  • 休職半年前からの時間外労働は月平均97時間
  • 社長や上司による言葉のいじめ
  • 勤務時間外での資格取得の勉強を強要

当該会社の社長や上司は、Aさんへの長時間労働の強要やパワハラだけでなく、知的障害のある同僚Bさんに対する暴行や賃金未払いも行っており、今回は悪質な事例だったと考えられる。
この事例では、Aさんが自分の手帳に入社以来毎日つけていた出・退勤時間の記録が証拠として認められ、労災認定が行われた。
https://joshrc.net/archives/1507

事例2

関東の病院に看護師として勤務していたCさんは、うつ病発症の原因が業務中の出来事に対するPTSD(心的外傷後ストレス障害)によるものだとして、労災申請を行った。

  • Cさんが少し目を離した間に、担当患者が死亡
  • 患者の家族から土下座を強要され、「人殺し」と罵倒される
  • この出来事が頭から離れず、Cさんは幻聴や不眠などPTSDに悩まされる
  • うつ病と診断され私病として休職するものの、1年半後に職場から職場復帰もしくは解雇の通告

Cさんの場合、精神科受診およびうつ病の診断が上記の出来事から1年後になったため、「発病前約6か月以内に起こった、業務による強い心理的負担」という労災認定条件を満たさないのではないかと思われた。しかし、家族や医師によって、実際の診察よりもかなり前に発症していることが証言されたことから、この事例は労災だと認定されることになった。
https://koshc.org/archives/558

会社が労災申請してくれない場合

労災が起こった場合、会社が申請手続きを代行したり、被災労働者に協力して手続きを進めたりするのが通常です。
しかし、特にうつ病のような精神障害での労災の場合には、会社はその原因が業務にあることを認めず、手続きにも非協力的なケースがほとんどです。そんな場合にはどうすればいいのでしょうか。
会社が労災申請に非協力的な場合でも、労災申請は行えます。この場合、被災労働者自らが申請書を記入し労働基準監督署へ提出することになります。申請書には、事業主による証明を記入する部分もありますが、協力を得られない場合にはその旨を労働基準監督署に相談し、空白のまま提出しましょう。
また、労働基準監督署の調査では、会社への聞き取りが行われることがありますが、この時も被災労働者側に有利な発言が会社から出る可能性は低いと予想されます。そのため、うつ病が業務に起因したことを示す客観的な証拠を、あらかじめ自身で集めておくことが大切です。

まとめ

うつ病の労災申請・認定についてご紹介しました。
過酷な労働環境によりうつ病を発症する労働者は多いものの、日本における精神障害の労災認定基準は未だ厳しく、うつ病の労災認定はハードルが高いままになっています。しかし、うつ病の原因となるような業務や人間関係はあってはなりません。もし労災によってうつ病を発症したのであれば、その労働者は認定を受け補償を受け取るべきなのです。
とはいえ、うつ病の労災については、会社の協力が得られず不安になることも多いでしょう。そんな時には、弁護士に頼ることも検討してください。弁護士は、豊富な法律の知識を生かし、労災認定のためのサポートを行います。
一人で抱え込まずにプロの手を借りること、そして客観的証拠を集めておくことは、うつ病の労災認定における鍵だと言えるでしょう。