近年、難聴に苦しむ方は増加傾向にあると言われています。WHOのデータによると、世界では4億6,000万人以上の人が難聴の症状を持つとされています。
そんな難聴に苦しむ人の中には、業務によって難聴を発症したという人もいるでしょう。
このような場合、難聴を労災として認定してもらうことは可能なのでしょうか。
今回は、難聴の労災認定について詳しく解説します。
難聴とは
人間は、耳から入った刺激(音)が脳に伝わることで、音を認識しています。
難聴とは、音が耳から脳へ伝わるまでのどこかの経路に障害が起こり、音が聞こえにくくなる症状のことです。中には、音が全く聞こえなくなったり、音が歪んで聞こえたりする場合もあります。
難聴は、耳の病気や脳の病気が原因で引き起こされることが多いですが、大きな音やストレス、睡眠不足などの日常生活における要素がその根本原因になる可能性があることもわかっています。
難聴には種類がある
難聴は、原因によっていくつかの種類に分けられます。
例えば、「騒音性難聴(職業性難聴)」や「加齢性難聴」、「音響性難聴」、「突発性難聴」など。
難聴の種類の例
・騒音性難聴(職業性難聴)・・・騒音に晒されることで発症する難聴
・加齢性難聴・・・加齢による感音機能の低下によって発症する難聴
・音響性難聴・・・大音響に晒されることで発症する難聴(ライブ、イヤホンなど)
・突発性難聴・・・突然発症する原因不明の難聴
加齢性難聴は加齢に、音響性難聴は私生活における環境に起因することが多いため、業務に関連して起こる可能性がある難聴といえば、「騒音性難聴(職業性難聴)」または「突発性難聴」ということになるでしょう。
労災が認められる難聴とは
前章では、業務に関連して起こる可能性がある難聴は「騒音性難聴(職業性難聴)」または「突発性難聴」だと述べました。
では、実際に労災認定される難聴は、どのような難聴なのでしょうか。
騒音性難聴(職業性難聴)は労災認定の対象
「騒音性難聴(職業性難聴)」は、「職業性」という名前の通り、業務に起因する難聴です。そのため、労災として認定される可能性があります。
厚生労働省の職業病リストにも、「著しい騒音を発する場所における業務による難聴等の耳の疾患」が記載されています。
また、平成20年度〜平成 30 年度までに実際に「騒音性難聴(職業性難聴)」で労災認定された患者数は、毎年300人前後となっています。(参考:独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所『騒音障害防止対策に関する調査 令和2〜3年度』より)
ただし、「騒音性難聴(職業性難聴)」が労災と認められるためには、次の要件を全て満たさなくてはなりません。
騒音性難聴(職業性難聴)の労災認定要件
1.著しい騒音にばく露される業務に長期間引続き従事した後に発生したものであること。2.次の(1)及び(2)のいずれにも該当する難聴であること。
(1) 鼓膜又は中耳に著変がないこと。
(2) 純音聴力検査の結果が次のとおりであること。
イ オージオグラムにおいて気導値及び骨導値が障害され、気導値と骨導値に明らかな差がないこと。すなわち、感音難聴の特徴を示すこと。
ロ オージオグラムにおいて聴力障害が低音域より3,000Hz以上の高音域において大であること。3.内耳炎等による難聴でないと判断されるものであること。
(厚生労働省『騒音性難聴の認定基準について 昭和61年3月18日 基発第149号』より)
上記は、日を変えた3回の聴力検査を経て、判断されます。
また、難聴で労災認定を受けられる人の目安は「85デシベル以上の騒音の中で5年以上働いてきた人」です。ただし、衝撃音を受ける職業の人については、1日にばく露される回数やその性質についても勘案されます。
突発性難聴は労災認定が難しい
騒音性難聴(職業性難聴)が要件を満たせば労災認定の対象となるのに対し、突発性難聴は労災認定が難しいという現実があります。
なぜなら、突発性難聴は原因が不明であるためです。
そもそも前提として、労災認定される怪我や病気は「業務に起因するもの」でなければなりません。原因が不明である突発性難聴については、難聴の発症が業務に起因することを証明することが難しく、労災認定がされにくいのです。
突発性難聴は、ストレスや睡眠不足が原因であることも多いですが、それらが業務によるものであることを証明するのはやはり困難でしょう。
難聴で労災認定された場合、受け取れる給付
労災保険の給付金には、次のような種類があります。
労災給付の種類
・療養(補償)給付
・休業(補償)給付
・障害(補償)給付
・傷病(補償)給付
・介護(補償)給付
・遺族(補償)給付
・葬祭料(葬祭給付)
難聴の場合だと、受け取れる可能性があるのは、「療養(補償)給付」「休業(補償)給付」「障害(補償)給付」の3種でしょう。
順にご説明します。
療養(補償)給付
療養(補償)給付は、労災による怪我や病気の療養に対して支払われる給付金です。例えば、労災による難聴の医療機関での診療費や手術費、入院費、薬剤費などは、療養(補償)給付から支払われることになります。
ただし療養(補償)給付は、「どの病院を受診するか」によって、給付の方法が変わります。
「労災指定病院を受診した場合」には、被災労働者は無料で医療や薬の原物給付を受けることが可能です。一方、「労災指定病院以外の医療機関を受診した場合」には、医療や薬の代金は一度被災労働者自らが立て替え、後日労災保険からの返金を受ける形になります。
休業(補償)給付
休業(補償)給付は、労災の怪我や病気によって仕事の休業を余儀なくされた場合に支払われる給付金です。労災による難聴で休業した場合には、被災労働者は休業(補償)給付を受け取ることができます。
ただし、休業(補償)給付を受け取るには、以下の3つの要件を満たしていなければなりません。
休業(補償)給付の支給要件
1.労災による病気や怪我の療養中であること
2.労働することができないこと
3.賃金を受けていないこと
また、休業(補償)給付には3日間の待機期間があるため、支給は休業4日目から行われることになります。
障害(補償)給付
障害(補償)給付は、労災の怪我や病気が治ゆした時、身体に一定の後遺障害が残った場合に支給される給付金です。後遺障害の程度から障害等級を決定し、その障害等級に応じた給付金が支給されます。
ここで言う「治ゆ」とは、「一般的な医学的治療を行なっても、その効果が期待できなくなった状態」を指すものであり、「完治」とは異なるので注意しましょう。
難聴の場合は、日を変えて3回聴覚検査を行い、2回目と3回目の聴覚レベルの平均から、障害等級を決定します。
損害賠償請求も検討ください
労災と認められた怪我や病気は、労災保険の補償対象となります。
ただし、労災保険の補償では、療養の実費や休業補償は給付されるものの、労災によって被った精神的苦痛に対する補償は行われません。例えば、業務によって難聴になった場合、不安や不便さなど、その精神的苦痛は大きなものでしょう。これに対する補償がないという点では、労災保険の補償は不十分です。
そこで検討したいのが、損害賠償請求です。
労災の発生について、会社や第三者に法的根拠に基づく過失がある場合、被害を受けた労働者は損害賠償請求を行うことが可能です。損害賠償請求では、精神的苦痛に対する保障を請求することもできます。
法的根拠の例としては、「安全配慮義務違反」「使用者責任」「工作物責任」などが挙げられます。
損害賠償請求を検討する場合には、弁護士のサポートを受けると良いでしょう。
(損害賠償請求については、ここちらの記事で詳しく解説しています。「労災における損害賠償請求とは?どのような種類の損害賠償が請求ができるか」)
まとめ
難聴とは、音が聞こえにくくなったり全く聞こえなくなったりと、耳から入った音を脳で感知する仕組みに何らかの障害が起こる症状のことです。
難聴にはいくつかの種類がありますが、その中でも「騒音性難聴(職業性難聴)」は業務の特性が原因になることが多く、労災認定される可能性があります。
ただし、原因不明の突発性難聴については、労災認定を受けることは難しいのが現実です。労災認定では、「業務が原因であること」の証明が重視されるためです。
難聴をはじめとした労災による怪我や病気については、会社や第三者に過失が認められる場合、損害賠償請求を行うことも可能です。
損害賠償請求を検討する場合には、一度弁護士にご相談ください。弁護士は、依頼者に代わって手続きや交渉を担い、損害賠償請求手続きを円滑で有利に進めていきます。