労災事故に遭って身体に後遺障害が残った場合、被災労働者は労災保険の障害(補償)給付を受け取ることができます。給付内容は後遺障害等級によって異なるため、十分な補償を受けるためには、症状に合った適切な等級認定を受けることが大切です。
では、適切な等級認定を受けるためには、被災労働者はどのような対応を取ればよいのでしょうか。今回は、適切な後遺障害等級の認定を受けるためのポイントを詳しく解説します。
労災による後遺障害とは?
業務中や通勤中の事故によって労働者が負った傷病を、「労災」と呼びます。
労災による後遺障害とは、「労災の傷病が治ゆ(症状固定)した時に、身体に残った障害」のこと。障害の程度は、既存の障害等級に当てはめて評価され、被災労働者は労災保険から、その等級に応じた補償を受けることができます。この補償を、障害補償給付と呼びます。
後遺障害を判断されるタイミング
労災に遭った時、被災労働者は、労災保険の療養補償給付を受けながら傷病の治療を行います。この療養補償給付で補償されるのは、病院での診療費や手術代、入院代、交通費など、療養に必要な費用全般です。
ただし、療養補償給付の給付を受けられるのは、「労災による傷病が治ゆ(症状固定)した時」まで。ここで言う治ゆとは完治のことではなく、「症状が安定し、これ以上一般的な治療を行なってもその効果が期待できない状態」を指します。
つまり、医師から治ゆ(症状固定)の判断を受けた時に傷病は完治しているとは限らず、被災労働者の身体には後遺症が残っている可能性があるのです。
そこで申請を検討すべきなのが、障害補償給付。
この給付では、労災の後遺障害に対し、年金型の「障害補償等年金」または一時金型の「障害補償等一時金」が支払われます。
その金額は、後遺障害の程度を表す障害等級によって異なり、等級が上がるほど高額になります。
詳しい等級ごとの給付金額は「労災による後遺障害認定までの流れ」でご紹介しています。
適正な後遺障害等級の認定を受けるためのポイント
労災による後遺障害について十分な補償を受け取るためには、適正な後遺障害等級の認定を受ける必要があります。
先述の通り、障害補償給付の金額は認定された等級によって異なり、等級が上がるほど高額になります。もし実際の障害の程度よりも低い等級で認定されてしまった場合、その被災労働者は十分な補償を受け取れません。
このようなことを防ぎ、適正な等級認定を受けるためには、以下のポイントに注意するようにしましょう。
1.「治ゆ」まで治療を続ける
まず重要なのは、「治ゆ(症状固定)」まで医療機関での治療を続けること。医師の指導に従って通院を続け、必要であればレントゲンやMRIなどといった検査もきちんと受けるようにしてください。
なぜ治ゆまで治療を続けることが重要なのかというと、後遺障害の等級認定にとって非常に重要な治ゆの判断を下すのは、医師だからです。自身の判断で通院回数を減らしたり勝手に治療をやめたりしてしまうと、この判断は正しく行えません。傷病の状態が軽いと判断され、障害等級の認定を受けられなかったり、実際の状態よりも低い等級で認定されてしまったりする恐れがあります。
また、治療のデータや検査データは、労災事故と後遺障害の因果関係の証拠・証明にも役立つものです。証拠となるデータは多いほど良いので、その点でも、医師の指導に基づいた治療の継続は必要でしょう。
2.労災事故と後遺障害の関連性を証明できるようにしておく
障害等級の認定を受け障害補償給付を受け取るためには、労災事故と後遺障害の関連性が明らかでなければなりません。もし関連性が証明できず、その後遺障害が「労災事故とは関係ないものだ」と判断されてしまえば、被災労働者は補償を受けることができなくなってしまいます。
そのため、労災事故と後遺障害の関連性を証明するための証拠の用意は、傷病の治療中から始めておく必要があります。治療や検査のデータを集めておくことはもちろん、医師による詳しい説明も受けて、補償の申請時に労働監督署の調査員に対し、自身でしっかり説明できるようにしておきましょう。
特に気をつけておきたいのが、被災労働者が労災前から既往症を抱えている場合。身体に残った後遺障害が、労災ではなく既往症によるものだと判断されると、障害補償給付を受け取れません。
これを防ぐため、既往症による障害ではないことについても、きちんと説明できるようにしておきましょう。
3.信頼のおける担当医師に診断書を作成してもらう
医師から治ゆと判断されたら、障害補償給付申請のための準備を始めます。まずは、医師に労働者災害補償保険診断書の記入を依頼しましょう。
この診断書は、補償申請時に労働基準監督署に提出する必要があります。等級認定や補償給付決定の判断材料となる書類なので、その重要度はかなり高いと言えるでしょう。そこでポイントとなるのが、医師との信頼関係です。医師の中には、この診断書の作成に後ろ向きな人もいます。「治療したのに完治しなかった」ことについて詳細を記載しなければならないためです。
診断書の作成に対応し、適正な内容を記載してもらうためには、医師との信頼関係を築いておくことが大切。診断書の作成に適切に対応してもらえない場合には、病院を変えることも検討すると良いでしょう。
また、診断書の作成にかかる費用は、療養補償給付への請求が可能です。忘れず請求手続きを行うようにしてください。
4.障害(補償)給付の請求手続きを把握しておく
スムーズに手続きを進めるため、障害補償給付の請求手続きについても、事前に把握しておきましょう。
この手続きは、次のようなステップで行われます。
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給付金の請求手続きでは、まず必要書類を揃えなければなりません。
業務災害の場合には障害補償給付支給請求書(様式第10号)を、通勤災害の場合には障害給付支給請求書(様式第16号の7)を作成するようにしましょう。この書類には会社側の記入欄もありますが、もし会社に協力を得られないのであれば、空白のままでも構いません。書類提出時に窓口でその旨を伝えましょう。
また、自己申立書とは、障害の状態について自身で記入する書類です。身体の状態や不便さを、具体的に伝えるようにしてください。書類を提出したら、労働基準監督署による調査が始まります。調査を通じて行われた決定については、後日通知されます。
後遺障害認定の通知に対して不服がある場合はどうする?
「後遺障害の認定がされず、障害補償給付は不支給との通知を受けた」「認定された障害等級が想定よりも低かった」など、労働基準監督署の決定について不服がある場合、被災労働者は審査請求や再審査請求、取消訴訟を申し立てることができます。
【審査請求】
【再審査請求】
【現処分の取消訴訟】
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手続きによって、期限や請求先は異なるので注意しましょう。
労災による後遺障害についての慰謝料
労災保険では、労災による後遺障害に対する慰謝料は支払われません。
慰謝料を請求するには、会社や第三者に対し、損害賠償請求を行う必要があります。ただし、損害賠償請求ができるのは、会社や第三者に労災発生の法的責任がある場合に限られます。
この損害賠償請求では、後遺障害による慰謝料だけでなく、後遺障害による逸失利益(事故がなければ得られるはずだった将来的な利益)も請求することが可能です。
これにより、被災労働者はより手厚い補償を受け取ることができます。
損害賠償の額は労災保険による補償額が確定しないと算出しにくいため、障害補償給付の手続きは治ゆ後速やかに済ましておきましょう。
また、損害賠償による慰謝料請求の手続きについては、労災問題を扱う弁護士の手を借りると良いでしょう。
労災の慰謝料については、「労災で慰謝料を請求できるのか?3種類の慰謝料と相場、請求の法的根拠」もご一読ください。
まとめ
労災によって後遺障害を負った場合、被災労働者はしっかりと補償を受け取る必要があります。
そのためには、適正な等級認定を受けるための事前準備をしっかりしておくことが大切。また、労基署の決定に不服がある場合には審査請求を、会社や第三者に労災発生の法的責任がある場合には慰謝料の請求を検討するのも良いでしょう。
審査請求や慰謝料請求にあたっては、まず弁護士にご相談ください。