労災を会社が嫌がるのは、なぜ?労災隠しをされたら自分で労災申請を

日本では、業務中や通勤中に傷病を負った労働者の生活を守るため、公的保険制度として労災保険への加入が義務付けられています。労災に遭った被災労働者は、申請手続きにより、療養(補償)給付や休業(補償)給付などの労災保険による補償を受けることが可能です。

しかし、労災に遭った被災労働者の中には、「会社が労災保険を使わせてくれない」「社内で労災隠しが行われている」など、労災保険の利用にあたって会社との間にトラブルを抱える例も少なくありません。
では、なぜ会社は労災保険の利用を嫌がるのでしょうか。

今回は、会社が労災保険の利用を嫌がる理由と対処法について解説します。

会社が労災を嫌がる理由

会社が労災保険の利用を嫌がる理由としては、次のようなことが考えられます。

・保険料が上がる可能性がある
・手続きが面倒
・労災保険に加入していない
・法律違反を隠したい
・会社のイメージや信頼の低下
・元請け会社との関係性悪化を避けたい

順に確認していきましょう。

理由1 保険料が上がる可能性がある

労災保険の保険料計算には、会社ごとの保険料の負担が不公平にならないよう、メリット制が用いられています。
メリット制とは、労災の発生率に応じて保険料率を増減させるものです。労災の発生率が高くなれば保険料率も上がり、会社が負担する労災保険料は高くなります。

メリット制の対象となるのは、次の2つの条件を満たす事業です。

メリット制の対象となる事業の条件
①労災保険に加入してから3年以上経過 していること
②100 人以上の労働者を使用した事業であること、または20 人以上 100 人未満の労働者を使用した事業であって、災害度係数が 0.4 以上 であること
※継続事業の場合。一括有期事業、単独有期事業については別途条件有り。
(参考:厚生労働省『労災保険のメリット制について』

このような制度があるため、メリット制の対象となる事業では、保険料の値上がりを恐れ、労災保険の使用を嫌がることがあります。

理由2 手続きが面倒

労災が発生した場合、会社は必ず事業所管轄の労働基準監督署長に、労働者死傷病報告書を提出しなければなりません。これは、労働基準法および労働安全衛生規則に定められている決まりです。
また報告書の提出だけでなく、ほとんどの場合、被災労働者に支払われる労災保険の給付金申請手続きも、会社が行います。

会社によっては、労災の報告手続きや労災保険の申請手続きが面倒だという理由で、労災の手続きをなかなか進めなかったり、労災を隠そうとしたりしている可能性があります。

理由3 労災保険に加入していない

労災保険への加入は、労働者を雇用する事業主に課せられた義務です。故意や過失による労災保険の未加入は、罰則の対象です。
この義務に反して会社が労働者を労災保険に加入させていない場合、その発覚を恐れ、被災労働者の労災保険利用を認めないことがあります。

とはいえ、労災保険への未加入は、労働者の責任ではありません。
そのため、労災に遭ってから労災保険へ未加入であったことに気づいても、申請手続きさえ行えば、被災労働者は労災保険による補償を受けることが可能です。

理由4 法律違反を隠したい

労災が発生すると、その事業所には労働基準監督署が調査に入ります。
会社が労災保険の使用を認めない場合、会社が何らかの法律違反を犯していて、労働基準監督署の調査により、その法律違反が発覚することを恐れているケースも考えられます。

理由5 会社のイメージや信頼の低下

労災の発生は、会社のイメージや信頼性の低下に繋がります。社会的影響力の大きな会社や悪質な事例においては、会社名が公表される可能性もあります。

イメージおよび信頼性を維持したいという理由で、労災保険の利用を嫌がる会社も多いでしょう。

理由6 元請け会社との関係性悪化を避けたい

建設業などでは、元請け会社が下請け会社に発注し、作業を進めることがあります。このようなケースにおいて、下請け会社の従業員が作業中に傷病を負った場合、労災発生の責任は元請け会社側に生じる可能性があります。

このことによる元請け会社との関係悪化や発注停止を恐れ、下請け会社の事業主や責任者が従業員に労災を使わせないという例が見られます。これは「元請け会社に迷惑をかけたくない」という理由による隠蔽ですが、労災隠しは違法行為であり、逆に元請けの迷惑になるでしょう。

労災隠しは犯罪

会社が、従業員の労災保険の使用を認めず手続きを行わなかったり、労災の発生原因を偽ったりした場合、それは労災隠しにあたる可能性があります。

労災隠しとは
労災の発生を隠すために、会社が労働基準監督署長に対して、労働者死傷病報告を故意に提出しないこと、または虚偽の内容を記載して提出すること

労災隠しは犯罪です。先ほどもご紹介したように、労災が発生した場合、会社は速やかに労働基準監督署長へ、労働者死傷病報告を提出しなければなりません。
労災隠しが発覚すれば、会社は労働安全衛生法第120条・122条に違反したとして、50万円以下の罰金に処されることになります。

労災申請は自分でできる

会社が労災保険の利用を認めず、申請手続きを進めてくれなくても、労災申請をあきらめる必要はありません。
なぜなら、「労災給付の申請手続きは労働者自身で行える」ためです。

申請手続きは、さほど難しくありません。
厚生労働省のホームページから該当の給付金の請求書をダウンロードし、記入して労働基準監督署へ提出するだけです。(ただし、労災指定病院を受診した場合の療養(補償)給付の申請では、受診した労災指定病院に請求書を提出します。)

請求書には会社の証明欄がありますが、会社に協力を得ることができない場合は空欄にしておき、書類提出時に労働基準監督署の窓口でその旨を伝えましょう。

また、申請する給付金によっては、領収書や診断書などの書類が必要になることもあるので、よく確認するようにしてください。

被災労働者本人が労災を使いたくない場合

労災による傷病において、被災労働者本人が「労災保険を使いたくない」という場合には、労災保険を使用しなくても問題はありません。実際に、「軽い怪我だから」「手続きが面倒だから」などという理由で、労災保険を使わなかった例はあります。ただしその場合、治療費は全額自己負担になります。
また、被災労働者自身が労災の発生を隠すことに罰則はありません。

とはいえ、労災保険を使わない場合でも、労災事故が発生したことを会社に報告する必要はあります。労災事故が発生したのに報告を行わないと、会社が労災隠しに問われる恐れがあるためです。

労災に遭った方の中には、「会社に迷惑をかけたくない」という理由で労災保険の不使用を選択する方もいるでしょう。
前述の通り労災保険を使わないことに問題はありませんが、労災に遭った場合の労災保険の使用は労働者として当然の権利です。そのために労災保険に加入しているのですから、会社に気を遣う必要はありません。
労災保険を使用しないと、労働者本人にデメリットが生じる恐れもあります。このデメリットについては、次章で詳しくご紹介しましょう。

労災を使わない場合の本人のデメリット

労災事故で傷病を負ったにも関わらず労災保険を使用しない場合、被災労働者本人には次のようなデメリットが生じます。

被災労働者の負担が大きくなる

労災による傷病の治療に、健康保険は使えません。そのため、労災保険を使わないとなると、傷病の治療費は全額自己負担になってしまいます。

健康保険を使える普段の傷病の治療費が3割負担であることを考えると、健康保険も労災保険も使わない場合の治療費は高額になり、労働者にとって大きな負担になってしまうでしょう。

十分な補償が受けられない可能性

労災保険を使用しない場合、労災による傷病で休業を余儀なくされたり、後遺障害が残ったりしても、補償を受けることができません。
十分な補償を受けられないと、被災労働者の生活が行き詰まってしまう恐れもあります。

労災保険で受け取れる給付の種類や手続き方法は、こちらの記事でご確認ください。「労災認定とは?給付の種類、手続き方法、認定のポイントを解説」

まとめ

会社が労災発生の事実を隠したり、虚偽の報告を行ったりすることは、労災隠しという犯罪です。
労災の申請は労働者の当然の権利です。労災発生にあたって、もし会社が労災保険の申請を認めなかったり、手続きをしてくれなかったりしても、被災労働者が労災申請を諦める必要はありません。
そのような場合は、被災労働者自らが労災申請の手続きを行い、書類提出時に労働基準監督署へ会社の協力を得られないことを伝えましょう。

治療費の大きな負担や補償の不足を避けるためにも、労災により傷病を負った場合には労災保険を利用するようにしてください。
また、会社の対応に不審な点がある場合には、弁護士への相談も検討しましょう。