家族の死亡は、精神的なショックだけでなく、経済的な負担という形でも大きなリスクになります。「家族が勤務中に死亡した場合、労災保険を申請できるのだろうか?」「夫が仕事中に万が一死亡したら、遺された家族はどのような補償を受けられるのか?」と、不安に感じる方も多いでしょう。
家族が業務中に死亡した場合、遺族は労災保険(労働者災害補償保険)による補償を受けられる可能性があります。
また、労働災害が企業の過失によるものであれば、損害賠償請求を行うことも検討できます。
そこで今回は、家族が仕事中に死亡した場合に受けられる労災保険による補償や、損害賠償請求の可能性について、わかりやすく解説します。
労災保険とは
「労災保険」の正式名称は、「労働者災害補償保険」です。これは、業務中または通勤途中の事故により、労働者がけがをしたり死亡したりした場合に給付される公的保険制度です。仕事による不慮の事故に備え、労働者本人や遺族に金銭的な補償を行う仕組みと考えるとよいでしょう。
労災保険の給付金には、複数の種類があります。けがや病気の治療には「療養(補償)給付」(治療費の支給)、休業した場合には「休業(補償)給付」(休業中の生活保障)、後遺障害が残った場合には「障害(補償)給付」(障害の程度に応じた支給)などがあり、受けられる給付金は状況によって異なります。
これらの給付を受けるには、労働基準監督署による労災認定(労災であると認められること)を受ける必要があります。
また、労災保険の補償対象は、パートやアルバイトなどの雇用形態に関係なくすべての労働者です。
労災保険への加入義務と保険料の支払い義務は事業主にあります。労働者を1人でも雇用していれば、事業主は労災保険に加入する必要があります。
労災保険に未加入のまま労働者を雇用した場合、事業主は「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」(労働者災害補償保険法第51条)という罰則を受ける可能性があります。
遺族補償給付と遺族給付の違い
労災保険の給付には、「遺族(補償)給付」と呼ばれる制度があります。これは、仕事中や通勤途中の事故により亡くなった労働者の遺族に対して、年金または一時金が支給されるものです。
労働者が業務災害(仕事中の事故)や通勤災害(通勤途中の事故)で亡くなった場合、その遺族は遺族(補償)給付を受けることができます。
遺族(補償)給付は、支給原因に応じて2種類に分かれます。
・遺族補償給付:業務災害による死亡に対して支給される
・遺族給付:通勤災害による死亡に対して支給される
これは、他の労災給付でも同様で、業務災害に対するものには「〇〇補償給付」、通勤災害に対するものには「〇〇給付」という名称が用いられます。
労災保険と損害賠償請求の違い
既にご紹介したとおり、労働者が業務中や通勤中にけがや病気を負ったり、死亡したりした場合、労働者またはその遺族は、労災保険の給付金を請求することができます。
また、これらの傷病や死亡について会社や第三者に法的な責任がある場合には、労働者や遺族が損害賠償請求を行うことも可能です。
損害賠償請求とは、「相手の違法な行為(不法行為)」や「約束を守らなかったこと(債務不履行)」によって損害を受けた場合に、その損害の補償を求めることをいいます(民法第709条・第415条)。
労災に関して、労災保険と損害賠償請求は以下のような違いがあります。
【労災保険】
補償金額の算出:法律で定められた基準に基づいて計算される
被災者の落ち度による減額:なし(被災者に過失があっても給付金は減額されない)
慰謝料:対象外
【損害賠償請求】
補償金額の算出:事案ごとに異なり、話し合いや裁判で決定される
被災者の落ち度による減額:あり(被災者に過失がある場合、その分賠償額は減額される)
慰謝料:対象となる
労災保険の各給付金の支給額は、労働基準法や関連法令に基づく一定の基準で計算されます。
労働者に過失があっても、支給金額が減額されることはありません。また、精神的苦痛に対する慰謝料は含まれていません。
一方、損害賠償請求における賠償額は、個別の事情に応じて大きく変わります。慰謝料も請求可能であり、被災者に落ち度がある場合は、過失相殺によりその分が差し引かれます。
【関連記事】労災の損害賠償請求をわかりやすく解説:計算方法・判例等も紹介
労災保険の遺族補償給付(業務災害)とは
労災保険の遺族補償給付は、業務災害で亡くなった労働者の遺族に支給される給付金です。
遺族補償給付には、年金型と一時金型の2種類があります。
【遺族補償年金】
受給できる人:亡くなった労働者の収入で生活を維持していた配偶者・子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹(ただし配偶者以外には一定の年齢・障害の条件があります)
給付内容:遺族補償年金 + 遺族特別支給金 + 遺族特別年金
【遺族補償一時金】
受給できる人:年金を受けられる人がいない場合の配偶者や子・父母・孫など(一定の条件あり)
給付内容:遺族補償一時金 + 遺族特別支給金 + 遺族特別一時金
遺族給付の金額は、受給できる遺族の人数で変わります。
また、優先的に受給する順位の人が受給権を失ったときは、次の順位の遺族に権利が移ることがあります。
受給権者の条件はやや複雑なので、厚生労働省「遺族(補償)給付の請求手続」もぜひご一読ください。
請求手続きでは、所定の請求書と必要書類を、労災事故があった地域を管轄する労働基準監督署へ提出します。
労災認定されたら、指定口座に給付金が振り込まれます。
また、亡くなったときには、葬儀を行った人に葬祭料が支給されますので、一緒に請求手続きをするとよいでしょう。
給付金請求に使う請求書は、厚生労働省の「主要様式ダウンロードコーナー (労災保険給付関係主要様式)」から入手できます。
労災保険の遺族給付(通勤災害)とは
労災保険の遺族給付は、通勤災害で亡くなった労働者の遺族に対して支給される給付金です。
内容は前述の遺族補償給付(業務災害)と基本的に同じで、受給対象となる遺族の立場に応じて「遺族年金」または「遺族一時金」が支給されます。
また、葬儀を行った人には「葬祭給付(葬儀費用の一部を補助する制度)」が支給されます。葬祭給付の請求手続きも忘れずに行いましょう。
請求方法は遺族補償給付とほぼ同じです。ただし、使用する請求書の様式が異なるため、提出前に確認することが重要です。
労災保険申請より損害賠償請求を選ぶケース
労災保険を申請するか、損害賠償請求を行うかは、労働者や遺族が状況に応じて判断できます。
労災事故では、通常は労災保険の補償を受けることが多いですが、状況によってはあえて労災保険を利用せず、損害賠償請求のみを行うケースもあります。
たとえば、事故の原因が明らかに会社や第三者の重大な過失である場合、加害者側に法的責任を明確に問いたいと考える方もいます。
また、損害賠償請求では、慰謝料(精神的苦痛に対する補償)を請求できます。
さらに、休業損害として、実際の賃金全額(100%)の補償を求めることも可能です。
こうした点も、損害賠償が選ばれる理由の1つです。
労災保険と損害賠償の調整
労働者は、労災保険の給付を受けながら、加えて損害賠償請求も行うことができます。
ただし、同じ損害について二重に補償を受けることは認められていません。
たとえば、労災保険から休業補償給付を受けたうえで、同じ休業期間に対して損害賠償でも賃金の100%を請求するような場合です。
このような重複は認められないため、損害賠償請求額から労災保険で受け取った分が差し引かれることになります。
一方、労災保険と損害賠償請求を組み合わせて利用すれば、受けられる補償を充実させる手段となります。
たとえば、被災者が生存している場合には、労災給付で治療費や休業補償を受けつつ、慰謝料相当分を損害賠償で請求するという選択肢があります。
また、労災から「休業補償特別支給金」(賃金の20%、損益相殺対象外)だけを受け取りつつ、損害賠償として休業損害を賃金の100%で請求するという方法も選べます。
損害賠償請求と労災保険申請の優先順位
損害賠償請求では、必ずしも賠償金を受け取れるとは限りません。
会社や第三者に支払い能力(実際に支払う力)がなければ、たとえ法的責任が認められても、補償を受けられない可能性があります。
一方、労災保険は、所定の手続きを経て労災と認定されれば、一定の基準に基づいた給付を必ず受け取ることができます。
そのため、損害賠償と労災保険のどちらを優先するかは、相手方に支払い能力があるかどうかを判断材料にして検討する必要があります。
まとめ
家族が仕事中の事故で亡くなった場合、その遺族は労災保険から給付金を受けることができます。
また、会社や第三者に法的な責任がある場合には、損害賠償を請求することも可能です。
ただし、労災保険と損害賠償には、「損益相殺(補償の重複を避ける仕組み)」などの制度上の関係があります。
これらを正しく理解したうえで、併用の可否を検討し、より適切な補償の受け方を選ぶことが重要です。
労災無料相談センターでは、労災に関するご相談を承っています。
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損害賠償の請求だけでなく、「労災隠し」などの労使トラブルについても、お気軽にご相談ください。
