適応障害は労災認定されるのか?認定基準や事例を解説

適応障害は、心や行動が不安定になってしまう精神障害の一種です。その原因はさまざまですが、業務による心身の負担によって発症する例も少なくはありません。
業務に起因する精神障害は、怪我などと同じで、労災の対象になります。しかし、その判断基準は通常の怪我とは異なります。

そこで今回は、適応障害をはじめとした精神障害の労災認定について、事例を交えて解説していきましょう。

適応障害を含む精神障害の労災認定状況

気持ちや行動が不安定になる適応障害は、精神障害に分類されます。
まずは、適応障害を含む精神障害の労災認定状況を見てみましょう。

◆精神障害の労災認定状況

  請求があった件数 その年度内に労災かどうかの決定を行った件数 支給決定(労災認定)件数 決定件数に対する支給決定(労災認定)件数の割合
平成26年度 1,456件 1,307件 497件 38.0%
平成27年度 1,515件 1,306件 472件 36.1%
平成28年度 1,586件 1,355件 498件 36.8%
平成29年度 1,732件 1,545件 506件 32.8%
平成30年度 1,820件 1,461件 465件 31.8%
令和元年度 2,060件 1,586件 509件 32.1%
令和2年度 2,051件 1,906件 608件 31.9%

◆上記のうち自殺の労災認定状況

  請求があった件数 その年度内に労災かどうかの決定を行った件数 支給決定(労災認定)件数 決定件数に対する支給決定(労災認定)件数の割合
平成26年度 213件 210件 99件 47.1%
平成27年度 199件 205件 93件 45.4%
平成28年度 198件 176件 84件 47.7%
平成29年度 221件 208件 98件 47.1%
平成30年度 200件 199件 76件 38.2%
令和元年度 202件 185件 88件 47.6%
令和2年度 155件 179件 81件 45.3%

(厚生労働省資料 精神障害に関する事案の労災補償状況 令和2年度版平成30年度版より)

このように、精神障害による労災件数は近年増加傾向にあります。その一方で、支給決定割合は増えず、むしろ低下していっています。
そもそもこの支給決定割合も、精神障害全体で30%台、自殺の場合で40%台と、あまり高くはありません。この数字からは、精神障害による労災請求の半分以上が、結果として労災認定を受けられていないことがわかります。

精神障害の労災認定基準

ご紹介したように、適応障害を含む精神障害の労災認定は簡単ではありません。怪我などと異なり、精神障害は、業務に起因するものかどうかの判断がつきにくいためです。

では、精神障害はどのような基準で労災認定されているのでしょうか。ここでは、その基準について説明します。

精神障害の労災認定において基準となるのは、以下の3点です。

◆精神障害の労災認定基準
①認定基準の対象となる精神障害を発病していること
② 認定基準の対象となる精神障害を発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

これらの基準を満たした場合、その精神障害は労災と認められ、被災労働者は労災保険による補償を受けることができます。

①認定基準の対象となる精神障害

認定基準の対象となる精神障害は、国際疾病分類第10回修正版の第5章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害です。ただし、認知症や頭部外傷による障害、アルコールや薬物による障害は除かれます。

業務に関連して発症する代表的な精神障害である、うつ病や適応障害、急性ストレス反応などが該当します。

詳しくは、厚生労働省資料『精神障害の労災認定』2頁をご確認ください。

②業務による強い心理的負荷

業務による強い心理的負荷は、「業務による心理的負荷評価表」に基づいて判断されます。この総合評価が「強」と判断されれば、労災認定基準②は満たされることになります。

業務による強い心理的負荷が認められるかどうかは、「特別な出来事」と「特別な出来事以外」に分けて評価されます。

「特別な出来事」
生死に関わる病気やケガ、極度の長時間労働(1カ月におおむね160時間以上の時間外労働等)などについて、評価されます。

「特別な出来事以外」
重大な仕事上のミスをした、上司とのトラブル、ハラスメントなどの36の出来事について、評価されます。

「業務による心理的負荷評価表」は、厚生労働省資料『精神障害の労災認定』5〜9頁をご確認ください。

③業務以外の心理的負荷や個体側要因

業務以外の心理的負荷の有無は、「業務以外の心理的負荷評価表」に基づき、判断されます。
また、既往歴やアルコール依存状態などといった個体側要因についても、その有無や内容、発病の原因となった可能性について慎重に判断が行われます。

「業務以外の心理的負荷評価表」は、厚生労働省資料『精神障害の労災認定』10頁をご確認ください。

適応障害の労災認定事例

ここからは、適応障害が労災認定された事例をご紹介しましょう。

◆事例
大学卒業後、通信会社に設計技師として勤務していたAさんは、新商品の開発におけるプロジェクトリーダーに就任した。しかし、Aさんの仕事の負担は大きく、次第に日付を超えるまで残業することも多くなり、月の残業時間は90〜120時間にも及んだ。その間、会社からは何のサポートも受けられなかった。
このような状態が続いた4ヶ月ほど経った頃、Aさんには抑うつ、食欲低下などの症状が出た。そこで心療内科を受診し、「適応障害」と診断された。

◆労災認定における判断のポイント
・「新商品の開発におけるプロジェクトリーダーに就任した」ことは、心理的負荷評価表1の具体的出来事10(新規事業の担当になった、会社の建て直しの担当になった)に該当。心理的負荷「中」に加え、恒常的な長時間労働があったことから、総合評価は「強」に。
・発病直前に、Aさんの妻が交通事故で軽傷を負ったものの、他に業務以外の心理的負荷・個体側要因は認められなかった
厚生労働省資料『精神障害の労災認定』

上記の点から、Aさんは精神障害の3つの労災認定基準を満たしたことになります。そのため、この適応障害は労災と認定され、Aさんは労災保険からの補償を受けることができました。

受けられる労災保険の保険内容

労災保険には、以下の8種の補償給付があります。

・療養(補償)給付
・休業(補償)給付
・傷病(補償)年金
・障害(補償)給付
・介護(補償)給付
・遺族(補償)給付
・葬祭料(葬祭給付)
・二次健康診断等給付

適応障害が労災と認定された場合、被災労働者は上記のような補償給付を受けることができます。
まずは、通院や入院による治療費に対して療養(補償)給付を、仕事を休業せざるを得ない場合は休業(補償)給付を受けることになるでしょう。
また、治ゆ後に一定の障害が残った場合には障害(補償)給付、被災労働者が死亡している場合には遺族(補償)給付など、傷病の状態や状況に応じて支給される給付金の種類は異なります。
ほとんどの給付金は被災労働者もしくはその遺族自身が請求手続きを行う必要があるので、手続きの失念には注意しましょう。

労災認定されなかった場合の対処方法

ご紹介してきた通り、適応障害をはじめとした精神障害の労災認定のハードルは、低くはありません。
では、労災請求を行っても労災認定を受けられなかった場合には、どうすればいいのでしょうか。その場合の対処方法を2つ見ていきます。

1.審査請求を行う

労災に関して、労働基準監督署の決定に不服がある場合には、労働者は審査請求を行うことができます。また、審査請求の決定に不服がある場合には再審査請求を行うことも可能です。

◆審査請求
請求先:労働者災害補償保険審査官
期限 :労働基準監督署の決定を知った日の翌日から3ヶ月以内

◆再審査請求
請求先:労働保険審査会
期限 :決定書の謄本が送付された翌日から起算して2ヶ月以内

さらに、再審査請求の決定に不服がある場合には、裁決があったことを知った日から6ヶ月以内であれば、取消訴訟を起こすこともできます。

2.健康保険の傷病手当金を請求する

労災認定を受けられず労災保険を使えない場合には、健康保険から傷病手当金を受け取れる可能性があります。
傷病手当金は以下の4つの要件を満たすことで、支給を開始した日から最長1年6ヵ月間受け取ることができます。

◆ 傷病手当金の支給要件
①業務外の事由による病気やケガの療養のための休業であること
②仕事に就くことができないこと
③連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかったこと
④休業した期間について給与の支払いがないこと
全国健康保険協会『病気やケガで会社を休んだとき』

この傷病手当金は、労災認定を受けられなかった傷病による休業において、本人やその家族の生活を支える重要な手段です。労災認定を受けられなかった場合や労災ではない傷病に備え、知っておいた方が良いでしょう。

まとめ

適応障害のような精神障害の労災認定は、その発症が業務に起因するものと判断できるかどうかがポイントになります。この判断は難しく、現状では精神障害による労災請求の半数以上が、労災認定を受けられていないのが現状です。

業務が原因で精神障害を発症したにも関わらず、労災認定を受けられず、その判断に不服がある場合には、審査請求だけでなく、弁護士への相談も視野に入れてください。弁護士は、法律の知識と経験で、労災トラブルをより良い形への解決へと導きます。
労災に関する悩みは一人で抱え込まず、専門家の手を借りることが大切です。