仕事に起因する労働者の傷病は、労働災害(労災)と呼ばれ、労災保険の補償対象となります。
しかし、うつ病をはじめとした精神障害については、仕事との関連を証明することが難しく、労災認定のハードルは高いのが現状。それは、会社への損害賠償請求も同様です。
では、どのような場合であれば、うつ病は労災と認められるのでしょうか。また、会社を訴えることは不可能なのでしょうか。
今回は、うつ病の労災認定と会社への損害賠償請求について詳しく解説します。
仕事が原因でうつ病になったら、会社(または加害者)を訴えられる?
仕事が原因でうつ病になった場合、会社や加害者を訴えることは可能です。ただし、それは「仕事が原因でうつ病になった」という確実な証拠がある場合に限られます。
作業中に機械の扱いを誤って裂傷を負ったり、現場の階段から落ちて骨折したりというように、ケガと仕事の因果関係は明確です。そのため、労災認定は受けやすく、損害賠償も比較的請求しやすいです。
しかし、うつ病をはじめとした精神疾患の場合は要注意。精神疾患は、複合的な原因から来るストレスによって引き起こされることが多く、「仕事が原因で発症した」ことを明確に証明するのが困難だからです。
それが証明できない場合には、労災認定を受けることも、会社や加害者を相手に損害賠償請求を行なって慰謝料を受け取ることもできません。
ただし、逆を言えば「うつ病の原因は仕事にある」という確実な証拠さえ用意できれば、うつ病で労災認定を受けることも、会社や加害者を訴えることも可能であるということになります。
つまり、仕事を原因とするうつ病の労災認定や損害賠償請求は、証拠の有無に左右されるのです。
うつ病の労災認定の要件・請求の手続き
うつ病をはじめとした精神疾患は、他の傷病とは労災上の取り扱いがやや異なり、専用の要件が定められています。
ここでは、その要件と請求手続きの手順について確認していきましょう。
うつ病の労災認定の要件
厚生労働省が定める、うつ病を含む精神障害の労災認定要件は、次の3つです。
- 認定基準の対象である精神障害であること
- 発病前の約6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の要因で発病したと認められないこと
上記の3つの条件全てを満たす場合、そのうつ病は労災と認定されます。
1.認定基準の対象である精神障害であること
この要件において対象となるのは、国際疾病分類第10回修正版第5章における「精神および行動の障害」として分類されている疾病(認知症・頭部外傷による障害、アルコール・薬物障害を除く)です。具体的には、次の種類の障害が挙げられます。
分類コード | 疾病の種類 |
F0 | 症状性を含む器質性精神障害 |
F1 | 精神作用物使用による精神および行動の障害 |
F2 | 統合失調症、統合失調型障害および妄想性障害 |
F3 | 気分(感情)障害 |
F4 | 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害 |
F5 | 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群 |
F6 | 成人のパーソナリティおよび行動の障害 |
F7 | 精神遅滞(知的障害) |
F8 | 心理的発達の障害 |
F9 | 少年期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害 |
上記の中でも、労災による精神障害として一般的なのは、F3とF4です。
2.発病前の約6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
この要件における「業務による強い心理的負荷」の評価は、既存の評価表を用いて行います。この評価において、心理的負荷が「強」であると判断された場合には、その精神障害は②の要件を満たすものとされます。
評価の流れは次のとおりです。
・発病前約6ヶ月の間に、「特別な出来事」に該当する事象があったか→あった場合は心理的負荷「強」と判定
・「特別な出来事」がない場合、評価表をもとに「具体的出来事への当てはめ」「各出来事の評価」「複数の 出来事の全体評価」を行う→心理的負荷を「強」「中」「弱」で判定
この評価の対象となる期間は発病前約6ヶ月ですが、セクハラやいじめのような継続的な出来事については、その出来事が始まった時からの心理的負荷を評価します。
3.業務以外の要因で発病したと認められないこと
業務以外の出来事が要因ではないかどうかも、労災認定の要件のひとつです。
この判断も、業務以外の負荷をまとめた専用の評価表を用いて行います。評価表では、業務以外の出来事がⅠ・Ⅱ・Ⅲの3つの強度で示されており、それをもとに業務以外の心理的負荷を測ります。
また、精神疾患の既往歴があるなどといった個体側要因がある場合には、それも最終的な評価に影響します。
労災請求の手続き
うつ病になって労災請求を行う場合、手続きの手順は次のとおりです。
- 医療機関で診察を受ける
- 労働基準監督署に申請書を提出・調査
- 認定・不認定の結果が届く
まずは、医療機関で診察を受け、うつ病であることの確定診断を受ける必要があります。正しい診断を受けるために、自身の症状については詳しく正確に医師に伝えるようにしましょう。
次に、自身が勤める事業所を管轄する労働基準監督署に対し、労災の申請書を提出します。請求する給付金の種類によって、提出すべき申請書は異なるため、間違えないよう注意しましょう。
またこの時、うつ病の発症が労災であることの証拠がある場合、それも一緒に提出します。
書類を受け取った労基署は、それをもとに調査を始めます。この調査では、労働者本人との面談や会社への事情聴取、医師の意見聴取などが行われます。
調査が完了すれば、労基署署長が労災認定・不認定の判断を下し、労働者にその結果を通知します。
うつ病の労災手続きについては「うつ病も労災になる?認定基準、手続き、事例をご紹介」でも詳しく解説しています。
会社に損害賠償請求ができるケース
業務によってうつ病などの精神障害が引き起こされ、その背景に会社の対応について法的責任を問える事情がある場合には、被災労働者は会社を相手に損害賠償請求を行うことができます。
具体例としては、次のようなケースが考えられます。
【ケース①】安全配慮義務違反が認められた場合
雇用契約法では、「労働者の生命や身体の安全を確保するために必要な配慮を行うこと」が使用者の負うべき責任として定められています。これが、安全配慮義務です。
会社が安全配慮義務を怠り、それによって労働者が労災を負った場合、被災労働者は安全配慮義務違反を理由に、会社に損害賠償を請求することができます。
例えば、社内での長時間労働やハラスメント、いじめなどが原因で従業員が精神障害を発症した場合、会社の安全配慮義務違反を問える可能性は十分に考えられます。
【ケース②】使用者責任を問われる場合
使用者責任とは、「従業員の不法行為による損害について、その使用者である会社も責任を負う」というもの。これは、民法で定められています。
例えば、従業員Aが従業員 Bに対しパワハラを行っていて、 Bがうつ病になったとしましょう。病気の原因はもちろんAにありますが、そのAを使用する会社にも責任は生じます。
したがって、 BはAだけでなく、会社にも損害賠償を請求することが可能です。
ハラスメントやいじめなどは個人間での加害行為として完結されやすいです。しかし、それが業務中に発生したのであれば、その加害行為の責任は会社にも生じることを覚えておきましょう。
会社が損害賠償を補償する範囲
損害賠償の対象となる項目には、次のようなものがあります。
【財産的損害】
積極損害(治療費や通院交通費、将来的な介護費など)、消極損害(休職による損害や逸失利益など)【精神的損害】
通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料
労災の発生にあたって、会社に法的責任が認められる場合には、これらの項目が会社の負うべき主な補償範囲です。
会社に慰謝料を請求する場合の相場は?
慰謝料の額はケースバイケースであり、具体的な金額を述べることはできません。被害の大きさや加害行為の悪質性によって、請求できる金額は大きく変わるでしょう。
比較的軽いと判断されるハラスメントであれば、請求できる慰謝料は100万円未満であることもありますが、悪質なハラスメントであれば、慰謝料額は数百万にのぼることもあります。
とはいえ、被災労働者自身が、請求する慰謝料の金額を正しく見積もるのは困難でしょう。よって、損害賠償に関する手続きは、まず弁護士に相談することをおすすめします。
会社を訴える際に証拠になるもの
会社に損害賠償を請求するためには、疾病の原因が業務や従業員にあり、その背景に会社の法的責任があることを証明しなければなりません。
具体的な証拠としては、次のようなものが有効です。
・タイムカード
・シフト表
・メール(内容や送信時間)
・移動や転勤に関する通達(不当な移動や解雇があった場合)
・日誌、メモ
・ボイスレコーダーによる録音音声
・医師による診断書 など
内容にもよりますが、証拠は多いほど、相手の責任を証明しやすくなります。これらの証拠は労災認定にも有効なので、破棄せず保管して、必要なタイミングで提示するようにしましょう。
労災請求・損害賠償請求をする場合は弁護士に相談
労災請求や損害賠償請求の手続きには、複雑なものもあります。これは、傷病を負った被災労働者にとって大きな負担になるでしょう。
これを避けるためには、弁護士への依頼が効果的です。弁護士に依頼すれば、労災請求や損害賠償請求の対応はスムーズに進み、より良い内容の補償を受けられる可能性も高まります。
労働問題にあたっては、自身の負担なく、より有利な内容で手続きを進められるよう、弁護士の手を借りるようにしましょう。