「業務中に工具でケガをした」「通勤中に事故に遭い骨折した」など、業務中や通勤中に労働者が負った傷病は労災(労働災害)と判断され、労災保険から補償が行われます。
労災はケガによるものが多いですが、うつ病をはじめとした精神障害(精神疾患)もその対象です。ただし、うつ病で労災認定を受けるには、証拠が必要とされます。
では、この場合に必要な証拠とはどのようなものなのでしょうか。
今回は、うつ病の労災認定に必要な証拠について詳しく解説します。
うつ病での労災認定が難しいとされる理由
そもそも、うつ病をはじめとした精神障害の労災認定は、ケガなどに比べ難しいと言われています。
その理由は、病気と業務の因果関係をはっきりさせることが難しいためです。
精神障害は、一般的に「外部から受けるストレス」と「個人のストレスへの耐性の度合い」から、発症すると考えられています。労災認定を受けるには、この「外部から受けるストレス」が業務によるものであると断定できなければなりません。
しかし、この判断は簡単なものではありません。
業務で大きなストレスを抱えている人が、同時にプライベートでもストレスを受けていることは珍しくないでしょう。すると、精神障害の発症が業務のストレスによるものだと断定することは難しくなります。
このように、精神障害は発症のもととなるストレスの原因を証明・判断しにくいという点で労災認定のハードルが高く、現在の認定率は25%程度に留まっています。
ただし、労災が認定されなかった場合に、全く補償がないわけではありません。業務に起因するものではないうつ病で就労困難となった場合には、健康保険の傷病手当金を受け取れる可能性があります。
うつ病の労災認定はハードルが高い分、他の補償制度についても把握しておくと良いでしょう。
精神障害で労災認定されるための3つの要件・申請方法
精神障害には、ケガなどによる労災とは別に、労災認定の要件が定められています。その要件は、以下の3つです。
- 認定の対象となる精神障害を発症していること
- 精神障害の発症前のおおむね6ヶ月間に、業務による強い心理的負荷があったと認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因によって発症したとは認められないこと
労災認定の対象となる精神障害は、国際疾病分類の「精神および行動の障害」に分類されるもの(一部障害を除く)に限られます。
また、②の「業務による強い心理的負荷」や③の「業務以外の心理的負荷や個体側要因」については、まず規定の評価表をもとに、労働者の身に起きた具体的な出来事に関する個別評価を行い、その後、各要件を満たすかどうかの総合的な判断がなされます。
精神障害の労災要件については「うつ病も労災になる?認定基準、手続き、事例をご紹介」でも詳しく解説しています。
うつ病による労災の申請方法
うつ病などの精神障害で労災を申請する際の手続きは、以下のような流れで進められます。
- 医療機関を受診し、診断書の作成を依頼する
- 請求書を作成する
- 労働基準監督署に書類を提出する
- 労基署が調査を行う
- 労災認定・非認定の結果が通知される
労災申請にあたっては、まず医療機関で精神障害の診断を受ける必要があります。診断を受けたら、医師に労災申請用の診断書を作成してもらいましょう。
その後、申請する給付金の請求書を作成し、診断書とともに、勤める事業所を管轄する労働基準監督署に提出します。
書類提出後には、労基署が調査を行い、労災認定・非認定を判断します。精神疾患の場合、この調査には数ヶ月を要することもあるでしょう。
労基署の決定に納得がいかない場合には、労働者は不服申し立てにより、審査請求を行うことも可能です。
うつ病での労災認定に必要な証拠
うつ病で労災認定を受けるには、うつ病の原因が業務にあることを証明できる証拠が必要です。
ここでは、労災認定を有利にする証拠の例を、原因ごとにご紹介します。
セクハラが原因の場合
社内でのセクハラが原因でうつ病になったと考えられる場合には、次のような証拠が労災認定に役立ちます。
- メール、LINE、チャットの履歴
- 音声の録音、動画
- セクハラの記録メモ(加害者・日時・場所・具体的なセクハラの内容など)
- 会社への相談記録、会社がセクハラを認めた記録
- 加害者による謝罪文、陳述書
- うつ病の診断書、担当医による意見書 など
メールやLINE、音声などは、セクハラの事実を証明することはもちろん、労災認定にあたっても有力な証拠になります。
またセクハラの内容については、自身で詳しく記録をつけておくようにしましょう。これも、証拠として認められる可能性があります。
パワハラが原因の場合
社内でのパワハラが原因でうつ病になったと考えられる場合には、次のような証拠が労災認定に役立ちます。
- メール、LINE、チャットの履歴
- 音声の録音、動画
- セクハラの記録メモ(加害者・日時・場所・具体的なパワハラの内容など)
- 会社への相談記録、会社がセクハラを認めた記録
- 加害者による謝罪文、陳述書
- うつ病の診断書、担当医による意見書 など
パワハラによるうつ病の労災認定に必要な証拠は、セクハラの場合と同様です。
また、社内で不当な配置転換や退職要求、解雇などを受けてうつ病を発症した場合には、以下の書類も揃えておきましょう。
- メール、LINE、チャット、音声の録音、動画(退職を勧奨・強要する内容のもの)
- 退職の勧奨・強要に関する記録メモ
- 解雇通知書、解雇理由通知書、雇止め通知書
- 配置転換・転勤・出向の命令書
- 組織表・組織図 など
会社が発行した通知書や命令書は、労働者に対する不当な対応の証拠となる場合があります。必ず保管しておくようにしてください。
長時間労働が原因の場合
長時間労働が原因でうつ病になったと考えられる場合には、次のような証拠が労災認定に役立ちます。
- タイムカード
- シフト表、出勤簿
- 業務日誌
- メール、LINE、チャットの履歴
- 注文書、売上伝票
- 配置転換・転勤・出向の命令書
- 就業規則 など
タイムカードやメールなど、労働者の具体的な労働時間がわかる書類は、長時間労働の明確な証拠となります。
また、配置転換や転勤、出向により長時間労働が発生し、強い心理的負荷を受けたような場合には、それを証明するために配置転換・転勤・出向の命令書なども用意できると良いでしょう。
仕事のミス・責任が原因の場合
仕事でミスをしたり、大きな責任を負わされたりしたことによってうつ病になったと考えられる場合には、次のような証拠が労災認定に役立ちます。
- 事故やミスに関する報告書
- 違法行為を強要されたことがわかる指図書やメール、メモ
- 配置転換・転勤・出向・昇格・降格の命令書
- 給与明細(減給を受けた場合)、給与規定
- タイムカード
- シフト表、出勤簿
- 業務日誌 など
この場合、労働者にとって強い負荷となる重大なミスや大きな責任を負うような出来事があったことを証明できるかが、労災認定のポイントとなります。出来事について記された報告書や処分を受けたことがわかる書類などは、重要な証拠となるでしょう。
労災申請時には医師の診断書が必要
うつ病で労災申請を行う際には、必ず医師の診断書が必要になります。
ここでは、うつ病の診断書のもらい方について詳しくみていきましょう。
うつ病の診断書のもらい方
診断書をもらうためには、まず医療機関を受診する必要があります。うつ病が疑われる場合であれば、精神科や心療内科を受診し、確定診断を受けましょう。
診断書の発行は、診察時に担当医師に直接依頼するのが一般的ですが、規模の大きな病院であれば、診断書専門の窓口が設けられていることもあります。発行手続きに不明な点がある場合には、医師や看護師、受付担当者などに問い合わせるようにしましょう。
初診では診断書をもらえない可能性が高い
うつ病などの精神疾患は、日々の変動が激しいこともあり、一度の診察では確定診断できないことが多いです。そのため、初診で診断書の発行を依頼しても、対応してもらえない可能性があります。
診断書をもらうまでに複数回通院しなければならないとなると、それを億劫に感じる方もいるでしょう。しかし、診断書をもらうためだけでなく、病気をしっかり治すためにも、医師の指示通りに病院に通うことが大切です。
うつ病の診断書の費用
うつ病の診断書を書いてもらうための費用は、病院によって差があります。
この費用は保険の適用外であり、相場は2,000~3,000円程度。しかし、それよりも高額な料金を設定している病院も存在します。
診断書の費用については、作成依頼時に確認しておくと、安心です。
うつ病での労災請求は弁護士に相談するのがおすすめ
うつ病での労災請求を検討する場合には、まず労働問題に詳しい弁護士にご相談ください。
ご紹介したように、うつ病の労災認定はハードルが高く、証拠の準備も必要です。一連の手続きを、病気を負った労働者が自身で行うのは困難でしょう。
しかし、法律の知識に長けた弁護士の手を借りれば、手続きをより有利かつスムーズに進めることが可能です。手間のかかる証拠集めも弁護士がサポートするため、労働者の負担は軽くなるでしょう。
認定を得るためにも療養に専念するためにも、労災請求の手続きは弁護士への依頼をご検討ください。
まとめ
うつ病の労災認定は、有力な証拠を集められるかどうかにかかっています。客観的な証拠から、うつ病発症の原因が会社や業務にあることが明らかになれば、被災労働者は労災認定を受けることができるでしょう。
とはいえ、うつ病発症の証拠を集めるのは大変な作業。これには法的な知識も必要になるため、被災労働者が自分だけで行うのは困難です。
証拠集めをスムーズに進めるためにも、うつ病による労災申請にあたっては、弁護士の手を借りるようにしてください。