会社におけるパワハラの被害は深刻化しています。パワハラによって精神障害を被り、今も後遺症に苦しんでいるという方は決して少なくはありません。
現状を受け、令和2年6月には、労働施策総合推進法が改正・施行されました。これにより、パワーハラスメント(パワハラ)の定義が法律で規定され、精神障害の労災認定の基準となる「業務による心理的負荷評価表」にも、パワハラが追加されました。
そこで今回は、令和2年の法改正を受けたパワハラの労災認定基準について詳しくご紹介します。
パワハラによる精神障害が労災認定される3要件
パワハラによる精神障害の労災認定では、「原因となった出来事がパワハラにあたるかどうか」「発症した精神障害が労災にあたるかどうか」の2点が重要になります。
パワハラの定義とは
法律では、パワハラを以下のように定義しています。
パワハラの定義
①優越的な関係を背景とした言動であって、
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③就業環境が害されるもの
これら3つの要素を全て満たす職場での言動は、パワハラにあたります。①の「優越的な関係」には、相手が上司や先輩であるというだけではなく、業務での協力が必要な同僚や部下、その集団なども含まれます。
パワハラによる精神障害の労災認定ではまず、その出来事が上記のパワハラの定義を満たすかどうかがポイントになります。
精神障害の労災認定基準
次に、「発症した精神障害が労災にあたるかどうか」という点ですが、精神障害の労災認定には、以下の3つの要件が定められています。
精神障害の労災認定3要件
①認定基準の対象となる精神障害を発病していること
②認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負担や個体側要因により発病したとは認められないこと
これら3つの要件を全て満たせば、その精神障害は労災の認定を受けることができます。
② の「強い心理的負荷」については、「業務による心理的負荷評価表」にもとづき、判断されます。令和2年の法改正では、「業務による心理的負荷評価表」にパワハラの項目がプラスされました。
これについては、次章で詳しくご説明します。
令和2年6月に労災認定基準に追加された「パワハラ」の内容とは
令和2年の改正法により、精神障害の労災認定基準となる「業務による心理的負荷評価表」に、パワハラの項目が追加されました。これにより、パワハラという表現が行われてこなかった以前に比べ、パワハラによって発症した精神障害が労災と認められやすくなったと言えます。
「業務による心理的負荷評価表」とは
精神障害の労災認定において、業務による強い心理的負荷の有無を判断するための基準として、「業務による心理的負荷評価表」が用いられます。
「業務による心理的負荷評価表」では、起こった出来事を、表に定められた「類型」と「具体的な出来事」に照らし合わせ、その出来事による心理的負荷を「弱」「中」「強」で判断します。
改正で「業務による心理的負荷評価表」にパワハラ項目が追加
今回の法改正により、「業務による心理的負荷評価表」の「類型」と「具体的な出来事」に、パワハラの項目が追加されました。
それまでは、パワハラの定義も項目もなかったため、パワハラ案件でも「類型⑥対人関係」「具体的な出来事: 同僚等から、暴行又は (ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」という項目に当てはめ、判断が行われていました。
しかし、法改正により令和2年から「類型⑤パワーハラスメント」「具体的な出来事:上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」という項目が追加されました。パワハラによる精神障害の判断を、優位性という要素を取り入れながら、より適切な形で行えるようになりました。
今まで | 法改正後 |
パワハラでも「類型⑥対人関係」・「具体的な出来事: 同僚等から、暴行又は (ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」の項目に当てはめるしかなかった | 優位性ありの場合
「類型⑤パワーハラスメント」・「具体的な出来事:上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」の項目に当てはめて判断 |
優位性なしの場合
「類型⑥対人関係」「具体的な出来事: 同僚等から、暴行又は (ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」の項目に当てはめて判断 |
パワハラ項目の具体例
「業務による心理的負荷評価表」に新しく追加された「類型⑤パワーハラスメント」「具体的な出来事:上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」という項目では、パワハラの強度ごとの具体例が挙げられています。
表で見てみましょう。
類型⑤パワーハラスメント | ||
具体的な出来事:上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた | ||
弱 | 中 | 強 |
・上司等による「中」に至らない程度の身体的攻撃、精神的攻撃等が行われた場合 | ・上司等による次のような身体的攻撃、精神的攻撃が行われ、行為が反復・継続していない場合
・治療を要さない程度の暴行による身体的攻撃 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を逸脱した精神的攻撃 ・必要以上に長時間にわたる叱責、他の労働者の面前における威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃 |
・上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
・上司等から、暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合 ・上司等による次のような精神的攻撃が執拗に行われた場合・人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃・必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧 的な叱責など、態様や手段が社会通念に 照らして許容される範囲を超える精神的攻撃 ・心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合で あって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合 |
上司だけでなく、同僚によるパワハラも対象に
パワハラの精神障害認定については、上司からのパワハラなど立場に優位性が認められる場合には、「類型⑤パワーハラスメント」の「具体的な出来事:上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」に分類して判断を行います。
しかし、パワハラ案件の中には優位性の認められない同僚からのパワハラも存在します。そこで、立場に優位性が認められない同僚などからのパワハラは、「類型⑥対人関係」の「具体的な出来事: 同僚等から、暴行又は (ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」という項目に分類して判断することになりました。
「業務による心理的負荷評価表」の「類型⑥対人関係」「具体的な出来事: 同僚等から、暴行又は (ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」にあたる強度別の具体例を挙げてみましょう。
類型⑥対人関係 | ||
具体的な出来事: 同僚等から、暴行又は (ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた | ||
弱 | 中 | 強 |
・同僚等から、「中」に至らない程度の言動を受けた場合 | ・同僚等から、治療を要さない程度の暴行を受け、行為が反復・継続していない場合
・同僚等から、人格や人間性を否定するような言動を受け、行為が反復・継続していない場合 |
・同僚等から、治療を要する程度の暴行等を受けた場合
・同僚等から、暴行等を執拗に受けた場合 ・同僚等から、人格や人間性を否定するような言動を執拗に受けた場合 ・心理的負荷としては「中」程度の暴行又はいじめ・嫌がらせを受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合 |
パワハラ労災、申請のデメリット
法改正されたとはいえ、パワハラによる精神障害で労災認定を受けるのはハードルが高いという現状があります。
そもそも、精神障害で労災申請を行っても認定される割合は30%ほどです。精神障害を労災と証明するのも、パワハラがあったことを証明するのも簡単ではないのです。
法改正によって、今後のパワハラによる精神障害の労災認定は以前より柔軟になることが期待されますが、それでもハードルが高いことに違いはありません。労災認定が受けられない場合やパワハラが証明できない場合など、状況によっては弁護士に相談し、法律的な面からサポートを受けると良いでしょう。
まとめ
法改正により、パワハラによる精神障害は、以前に比べると労災認定されやすくなりました。とはいえ、パワハラによるものに限らず、精神障害が労災認定される割合は決して多くはありません。被災された方の中には、労働基準監督署の判断に不服がある方も多いでしょう。
労働基準監督署の判断に不服がある場合には、一度弁護士の手を借りることを検討してみてください。パワハラの証明や精神障害の原因が労災であることの証明は簡単ではありませんが、弁護士ならそのお手伝いが可能です。
傷病の療養に専念するためにも、労災トラブルは1人で抱え込まず、法律のプロにご相談ください。