【2021年】過労死ラインの見直し内容を解説

現代社会では、過労死が深刻な問題となっています。
過労死の深刻化に伴い、2021年7月に「脳・心臓疾患の労災認定基準」が改正されました。その中では、過労死の重要な労災認定基準となる「過労死ライン」に関する事項の見直しも行われています。

そこで今回は、2021年7月に改正された「脳・心臓疾患の労災認定基準」および「過労死ライン」の見直し内容について、詳しく解説していきます。

過労死とは

まずは、過労死とはどのような状態を指すのか、また日本における過労死の現状について見ていきましょう。

過労死の定義

過労死については、それを防止すべく、過労死等防止対策推進法という法律が制定されています。過労死等防止対策推進法では、「過労死」を以下のように定義しています。

◆過労死の定義
・業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
・業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
・死亡には至らない、上記脳血管疾患や心臓疾患、精神障害
(過労死等防止対策推進法第2条より)

上記のように、過労死は業務による負荷を原因とした死亡(場合によっては疾患や障害)を指します。
このような過労死は、現代社会において深刻な社会問題になり、各企業には過労死防止のための対策が求められています。

過労死の現状

日本において、業務負荷による過労死は決して少なくはありません。
脳・心臓疾患に係る労災支給決定数と精神障害に係る労災支給決定数の推移を、20年前と比較してみましょう。

脳・心臓疾患に係る労災支給決定数

(うち死亡数)

精神障害に係る労災支給決定数

(うち自殺数)

平成12年 85件(45件) 36件(19)
平成22年 285件(113件) 308件(65件)
令和2年 194件(67件) 608件(81件)

(厚生労働省「令和3年版過労死等防止対策白書」より)

上表のように、脳・心臓疾患に係る労災支給決定数は減少傾向にあるものの、20年前と比較すると2倍以上、死亡数は約1.5倍になっていることがわかります。また、精神障害に係る労災支給決定数は年々大幅な増加傾向にあり、20年前と比べると約17倍、自殺数も4倍以上と大きく増えています。
ただし、上表の値はあくまで労災支給が決定された数です。この値よりも労災請求数は多く、業務負担による脳・心臓疾患および精神障害に悩む労働者数はさらに多いと予想されます。

国は、過労死ゼロを目指すため、数値目標を掲げて以下のような取り組みを進めています。

・長時間労働の削減
・職場におけるメンタルヘルス対策の推進
・過重労働による健康障害の防止
・職場のハラスメントの予防・解決
・働き方の見直し
・相談体制の整備等

この取り組みを受け、労働環境の見直しや雇用する労働者のメンタルヘルスケアを実施する企業は増加していますが、その内容は未だ十分ではありません。

過労死ラインとは

次に、過労死ラインについて説明していきます。

過労死ラインは80時間または100時間

過労死ラインとは、病気や死亡、自殺のリスクが高まるとされる時間外労働時間のこと。
この過労死ラインとされる時間外労働時間は、厚生労働省の「脳・心臓疾患の労災認定基準」の中で以下のように定められています。

◆過労死ライン
・発症前1か月におおむね100時間を超える時間外労働が認められる
・発症前2か月間ないし6か月間にわたって、 1か月あたり80時間を超える時間外労働が認められる

100時間、もしくは80時間という過労死ラインは、業務負担が病気や死亡の原因になったかどうか判断するための基準になります。過労死ラインを超えた時間外労働が認められた場合、その病気や死亡は労災保険の対象になり、また使用者はその責任を問われることになります。

脳・心臓疾患の労災認定基準と過労死ライン

「脳・心臓疾患の労災認定基準」は、実質、過労死の労災認定基準として扱われています。その基準は、「業務による明らかな過重負荷が認められること」です。
「業務による明らかな過重負荷」は、以下の3つの要件のどれかを満たすことで認められます。

◆脳・心臓疾患の労災認定3要件
①異常な出来事の有無
②短期間の過重業務の有無
③長期間の過重業務の有無

このうち、「③長期間の過重業務の有無」の評価基準として、「発症前1か月におおむね100時間を超える時間外労働が認められる」「発症前2か月間ないし6か月間にわたって、 1か月あたり80時間を超える時間外労働が認められる」という過労死ラインが設けられています。

過労死ラインの見直し内容

2021年7月に、20年ぶりに脳・心臓疾患の労災認定基準の見直しが行われました。その変更点は大きく4つに分けられます。

ここからは、脳・心臓疾患の労災認定基準および過労死ラインの見直し内容について、厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準 改正に関する4つのポイント」をもとにご説明します。

①労働時間と労働時間以外の負荷要因の総合評価で「長期間の過重業務」を判断

前章でご紹介した脳・心臓疾患の労災認定3要件のうち、「長期間の過重業務」の判断は過労死ラインが絶対条件でした。しかし今回の改正により、過労死ラインだけでなく、労働時間以外の負荷要因も判断要素とし、総合的な判断によって評価することになりました。

  「長期間の過重業務」判断基準
改正前 ・発症前1か月におおむね100時間を超える時間外労働が認められるかどうか

・発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり80時間を超える時間外労働が認められるかどうか

改正後 ・上記or上記に近い時間外労働を行っていたかどうか

・労働時間以外の負荷要因

具体的な過労死ラインは、今回の改正で変わっていません。しかし、時間外労働時間が過労死ラインを超えなくても労災と認められること、労働時間以外の負荷要因も評価の対象となったことから、労災認定対象は広がったといえます。

②「長期間の過重業務」「短期間の過重業務」における労働時間以外の負荷要因を追加

「長期間の過重業務」「短期間の過重業務」の有無を判断する要素となる「労働時間以外の負荷要因」について、項目が追加(太字部分)されました。

労働時間以外の負荷要因
勤務時間の不規則性 拘束時間の長い勤務

不規則な勤務

交替制勤務

深夜勤務

休日のない連続勤務

勤務インターバルの短い勤務

事業場外での移動を伴う業務 出張の多い業務

その他事業場外での移動を伴う業務

作業環境 温度環境・騒音
心理的負荷を伴う業務
身体的負荷を伴う業務

項目の追加により、改正前には限定的であった「労働時間以外の負荷要因」の対象は広がりました。特に、以前は脳・心臓疾患の発症との関連性が認められていなかった「身体的負荷を伴う業務」が追加されたのは、大きな変更点だと言えます。

③ 「短期間の過重業務」「異常な出来事の業務」と発症との関連性が強いと判断できる場合を明確化

今回の改正を受け、脳・心臓疾患の労災認定要件となる「短期間の過重業務」「異常な出来事の業務」において、業務と疾病発症の関連性が強いと判断できる例が明示されました。

◆短期間の過重業務の例
・発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められる場合
・発症前おおむね1週間継続して、深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど、過度の長時間労働が認められる場合

◆異常な出来事の業務の例
・業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与した場合
・事故の発生に伴って著しい身体的、精神的負荷のかかる救助活動や事故処理に携わった場合
・生命の危険を感じさせるような事故や対人トラブルを体験した場合
・著しい身体的負荷を伴う消火作業、人力での除雪作業、身体訓練、走行等を行った場合
・著しく暑熱な作業環境下で水分補給が阻害される状態や著しく寒冷な環境下での作業、温度差のある場所への頻回な出入りを行った場合

④ 対象疾病に「重篤な心不全」を追加

以前は、不整脈による心不全症状等は、対象疾病の「心停止」として取り扱われていましたが、改正により「重篤な心不全」を対象疾病に追加。不整脈による心不全も「重篤な心不全」に分類されることになりました。

まとめ

2021年の見直しにより、過労死の労災認定基準の幅は広がりました。
しかし、「異常な出来事」「短期間の過重業務の有無」「長期間の過重業務」の3つの要件から業務の過重性を判断することや、基準となる80時間・100時間という過労死ライン自体は、見直されてはいません。WHOからは、過労死ラインを65時間にすべきだという指摘も出ています。
今後の過労死の状況によっては、さらなる基準見直しが必要になるでしょう。

また、過労死を始め、労災トラブルに見舞われたり、会社で不当な扱いを受けたりした場合には、弁護士にご相談ください。弁護士は、法律の知識と経験を生かし、あなたの力になります。一人で抱え込まず、まずは無料相談を気軽にご利用ください。