労災によるケガや病気は、安全配慮義務違反になるのか?損害賠償請求方法も解説

労災関連のニュースなどで、「安全配慮義務違反」という言葉を耳にすることがあります。これは、事業主が安全配慮義務に違反したということを指します。
事業主が安全配慮義務に違反していた場合、労災に遭った労働者には、事業主を相手に損害賠償を請求できる可能性があります

では、この安全配慮義務とは何なのでしょうか。
また、損害賠償はどのような場合に可能になるのでしょうか。

今回は、安全配慮義務違反と損害賠償について見ていきましょう。

安全配慮義務とは

まずは、安全配慮義務とは何なのか解説していきます。

安全配慮義務とは、事業主に課せられた「雇用する労働者が安全で健康に働けるよう配慮する」義務のことです。
この義務については、労働契約法第5条で以下のように定められています。

◆労働契約法第5条 労働者の安全への配慮
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

条文内の「生命、身体等の安全」には、身体だけでなく心の健康も含まれます。
つまり、安全配慮義務は、労災(業務災害)が起こらないよう配慮する事業主の義務とも言えるでしょう。

この安全配慮義務は、特定の措置を法的に求めるものではありません。しかし、労働者を雇用する事業主には、各自の職種や仕事内容、仕事場所などに応じた、労働者を危険から保護するための配慮が求められます。

また、労働者の安全と衛生について定めた労働安全衛生法には、事業主がとるべき具体的な措置の一部が定められています。

安全配慮義務違反になるポイント

では、安全配慮義務に違反したかどうかは、どのように判断されるのでしょうか。

安全配慮義務違反の判断のポイントは、「予見可能性」と「結果回避性」です。

◆予見可能性
労働者の心身の健康が脅かされることを事業主が予見できた可能性のこと

◆結果回避性
事業主にその可能性を回避する手段があったかどうかということ

安全配慮義務違反になるかどうかは、上記両方のポイントを踏まえて判断されます。労災の可能性を予見でき、しかもそれを回避する措置が可能であったにも関わらず措置を怠った場合には、その事業主は安全配慮義務違反となります。

安全配慮義務違反で損害賠償請求するには

事業主が安全配慮義務に違反していた場合、条件を満たせば労働者は事業主に対し損害賠償請求を行うことが可能です。
ここからは、安全配慮義務違反における損害賠償請求について見ていきましょう。

安全配慮義務に違反するとどうなる?

そもそも、事業主が安全配慮義務違反を犯した場合には、どのような法的措置がとられるのでしょうか。

実は、労働契約法において、安全配慮義務違反の罰則は定められていません。
ただし、労働安全衛生法に違反した場合には、事業主に刑事上の責任があるとして、懲役および罰金による罰則が課せられます。

また、安全配慮義務違反によって労働者の怪我や死亡(労災)が発生した場合、被災労働者は労災保険の補償を受けられます。しかし、労災保険からは慰謝料は支払われません。
そこで検討されるのが、事業主に対する慰謝料の請求です。
事業主の安全配慮義務に民法で定められる「債務不履行」や「不法行為」、「使用者責任」が認められた場合、これらを根拠として労働者は事業主に損害賠償を請求することが可能になります。

安全配慮義務違反に対して損害賠償が可能なケース

前述の通り、安全配慮義務違反によって労働者の怪我や死亡(労災)が発生し、事業主に「債務不履行」や「不法行為」、「使用者責任」が認められる場合、その労働者は事業主に対し損害賠償を請求することが可能です。

債務不履行

債務不履行とは、事業主が労働者との契約によって生じた債務を果たさないことを指します。
民法では以下のように定められています。

◆民法415条 債務不履行による損害賠償
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」

労働契約法に定められる安全配慮義務も労働契約の一種だと考えられ、その義務を果たさない場合、債務不履行による損害賠償請求が可能になります。
例えば、上司や同僚によるいじめやパワハラで、ある従業員の心身の健康が害された場合、安全配慮義務が果たされなかったとして、被害に遭った従業員は事業主を相手に損害賠償請求を行える可能性があります。

不法行為

不法行為とは、故意および過失によって、相手に損害を与えることを指します。
民法では以下のように定められています。

◆民法709条 不法行為による損害賠償
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

例えば、会社でのセクハラやいじめ、暴力、名誉毀損などは、民法上の不法行為にあたり、損害賠償の対象となります。

使用者責任

使用者責任とは、会社が雇用する労働者が業務中に他人へ損害を与えた場合に、事業主や監督者も損害を受けた第三者に対する賠償責任を負うということです。
民法では以下のように定められています。

◆民法715条 使用者等の責任
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」

例えば、従業員が会社の同僚のいじめにより心身の健康を害した場合、その同僚を雇用し監督する事業主や監督にも損害賠償責任が生じます。

損害賠償請求をする方法

安全配慮義務違反によって労災に遭い、事業主に損害賠償を行うための方法は、大きく3つあります。それが、「直接交渉」「労働審判」「裁判」です。

◆直接交渉
会社との直接交渉によって損害賠償を請求する方法

◆労働審判
労働審判委員会による調停・審判を申し立てる方法

◆裁判
労働審判で相手から不服申し立てがあった場合には損害賠償請求訴訟を提起

直接交渉が難しい場合は労働審判、労働審判で合意できない場合は裁判となるのが一般的です。
どの場合も労働者自身が手続きを行うのは難しいので、弁護士の手を借りた方が良いでしょう。

安全配慮義務違反による損害賠償請求の事例

最後に、安全配慮義務違反による損害賠償請求の事例を2つご紹介します。

事例①

病院で働くAさんは、暴言や掃除・送迎の強要等による先輩Bからのいじめを苦にし、自殺してしまった。
これを受け、Aさんの両親は病院に対し「安全配慮義務違反による債務不履行」、先輩Bには「不法行為」を理由として、損害賠償請求を行った。

◆判決
いじめが3年以上も及んでおり、いじめを認識し防止措置をとることも可能であったことから、病院に安全配慮義務の債務不履行があったとして、裁判所は病院に慰謝料の支払いを命じた。
先輩Bにも、暴言や暴力があったことから、不法行為による慰謝料の支払いを命じた。
(厚生労働省『職場のいじめ・嫌がらせに関連すると考えられる裁判例』より)

事例②

会社の本社での宿直勤務をしていたCさんは、侵入してきた盗賊によって殺害されてしまった。遺族は会社に安全配慮義務違反による損害賠償責任があるとして、会社を相手に訴訟を提起した。

◆判決
Cさんに本社社屋内の宿直業務・および宿直場所を指示したのは会社である。そのため、会社は盗賊が容易に侵入できないような設備を設けたり宿直人数を増員したり、安全教育を行ったりと、宿直者のための安全配慮を行うべきであった。
この安全配慮義務を怠ったとして、裁判所は会社に賠償金の支払いを命じた。
(厚生労働省『安全配慮義務に関する裁判例』より)

まとめ

ご紹介したように、労働者を雇用している事業主および会社には、労働者が安全に働けるよう配慮する安全配慮義務があります。従業員が健康で生き生きと働けるより良い会社をつくるために、事業主や会社は安全配慮義務に気を配る必要があるのです。

また、もし自身が事業主の安全配慮義務違反により労災を被った場合には、労災補償を受け取るだけでなく、事業主に対する損害賠償請求も検討しましょう。ただし、損害賠償請求を自身で行うのは困難です。その場合は、一度弁護士にご相談ください。
複雑な損害賠償手続きや交渉を弁護士に任せれば、より有利な条件でのトラブル解決が可能です。まずは弁護士事務所の無料相談を活用すると良いですね。