「仕事中に怪我を負い治療を受けた」「通勤中の交通事故で体を傷め、休業を余儀なくされた」など、従業員が業務によって怪我や病気を被った場合には、労災保険による補償が行われます。労災保険は、働く人の生活を守る重要な公的補償制度です。
とはいえ、働くすべての人が労災保険の対象になるわけではなく、法人役員や自営業者等、労災保険の加入および補償対象外となる人は少なくありません。
そこで今回は、労災保険の適用範囲について詳しくご説明しましょう。
労災保険の適用対象とは?
労災保険の対象になるのは、労働者
労災保険の適用対象となるのは、すべての「労働者」です。「労働者」とは、以下のように定義されます。
- 労働者とは
- 事業や事務所に使用され、労働の対価として賃金を受けて、働いている者のこと
つまり、会社や事業主に雇用され、給与をもらって働いている人々は労働者にあたり、労災保険の対象になります。
すべての労働者の労災保険加入は法律で定められており、その加入義務は事業主に義務付けられています。義務を怠った事業主には、保険料アップや罰金等、ペナルティが課せられる可能性があります。
また、労災保険の保険料も、全額を事業主が負担することとされています。
労働者には非正規社員も含まれる
前述の通り、労働者は賃金をもらって働く者のことであり、正社員も非正規社員も労働者に含まれます。ここでは、労災保険の対象になる労働者の具体的な雇用形態を挙げてみましょう。
労災保険対象となる主な雇用形態
- 一般労働者(正社員等)
- パートタイマー
- アルバイト
- 日雇い労働者
- 派遣労働者(派遣元での適用)
- 海外出張者(国内事業所属者)
- 代表権・業務執行権を持たず、一般の労働者と同様に賃金を得て労働に従事している法人の執行役員
- 船員保険被保険者(雇用されている船員)
このように、幅広い雇用形態が労災保険の対象になります。
ただし、「海外出張者の場合は国内事業所属者に限られる」、「法人の執行役員の場合は代表権・業務執行権を持たない者に限られる」など、一定の条件もあるので注意しましょう。
役員、社長、経営者は労災保険の対象か?
役員や社長、経営者などは労災保険の対象になるのでしょうか。
結論から言うと、前章の労災保険対象に挙げていないことからもわかるように、役員や社長、経営者などは労災保険の対象にはなりません。なぜなら、役員や社長、経営者などは労働者にあたらないためです。
労災保険対象外となるのは、以下のような人々です。
労災保険対象外となる人
- 代表権・業務執行権を有する法人の執行役員
- 個人事業主
- 事業主と同居の家族(要件を満たせば対象になることも)
- 海外派遣者(海外の事業所属者)
役員や社長、経営者は、上記の「代表権・業務執行権を有する法人の執行役員」および「個人事業主」にあたります。また、海外の事業に所属する海外派遣者は、国内の労働者と認められないため、日本の労災保険の対象にはなりません。
ただし、このような人々にも補償制度は必要だとして、労災保険には特別加入制度が整備されています。この制度については、最終章でご紹介しましょう。
労災保険に入れなくても、健康保険があるから大丈夫?
労災保険対象外者が業務によって怪我や病気を被った場合でも、「健康保険が使えるから大丈夫」と思っている方はいませんか?
実は、労災による怪我や病気の治療に、健康保険は使えません。なぜなら、健康保険利用の対象は以下のように定められているためです。
- 健康保険利用の対象
- 私生活においての怪我や病気に対応。医療費の窓口支払や高額療養費制度等をカバーする。業務における怪我や病気は対象外。
このように、健康保険の利用は業務外の怪我や病気に限られます。そのため、労災保険対象外者が業務によって怪我や病気を負っても、労災における補償はもちろん、健康保険の利用もできません。
そのため、労災保険対象外者が業務によって怪我や病気を負った場合、その治療費は全額自己負担になります。軽い治療なら自己負担でも問題ないかもしれませんが、大きな怪我や病気を継続的に治療するとなると、その費用負担は重くなってしまいます。
労災の特別加入制度とは?
労災には特別加入制度がある
前述の通り、労災保険対象外者が業務による怪我や病気を負った場合には、労災保険の補償も健康保険の補償も受けられません。しかし、補償なしでは生活が困窮することも考えられるため、一部の労災保険対象外者については、労災保険への特別加入が認められています。
- 労災保険の特別加入制度とは
- 通常労災保険への加入対象外の人にも、一定の要件のもとで労災保険への加入を認める制度。
要件を満たした対象者は、労災保険に任意で特別加入することができます。特別加入しておけば、労働者同様、業務による怪我や病気に対する補償を受けられます。
ただし、特別加入制度による補償は、事前に申請した業務内容および時間内と限られ、手続きや保険料の支払いは自身で行うことになります。
特別加入制度の種類と対象者
特別加入制度の対象者は、労働者に準じて保護すべきとされる一部の職業に限られ、職業によって制度の種類は異なります。表で見てみましょう。
特別加入制度の種類 | 対象者(一例) | 加入要件 |
中小事業主等の特別加入 | 規定数の労働者を常態的に使用している事業主とその事業に従事する労働者以外の人
(事業主本人、家族従事者、代表者以外の役員等) |
・雇用する労働者を労災保険に加入させていること
・労災保険の事務を労働保険事務組合に委託していること |
一人親方等の特別加入 | 常態的に労働者を使用しないで行う自営業者(個人タクシー業者、個人貨物運送業者、大工、左官、とび職人、林業、廃棄物関連業、柔道整復師等) | 一人親方等の団体(特別加入団体)に加入していること |
特定作業従事者等の特別加入 | ・特定農作業従事者
・指定農業機械作業従事者 ・国や地方公共団体実施の訓練従事者 ・家内労働者(補助者) ・労働組合の常勤役員 ・介護作業従事者 ・家事支援従事者等 ・アニメーション作成従事者 ・芸能従事者 |
特定作業従事者の団体(特別加入団体)に加入していること。 |
海外派遣者等の特別加入 | ・海外事業に国内の事業主から労働者として派遣される人
・中小規模の事業に労働者ではない立場で派遣される人 ・技術協力を行う団体から派遣され開発途上地域で行われている事業に従事する人 |
派遣元である事業主や団体が日本国内で行なっている事業(有期事業以外)で、労災保険に加入していること |
上表の通り、労災保険の特別加入は4種に分けられ、それぞれに対象者や加入要件が定められています。これらに当てはまらない人は、特別加入制度を利用することはできません。
現状、労災保険特別加入の対象者は限られていますが、あらゆる職業において万が一の怪我や病気に備えた補償は必要だという考えから、今後特別加入対象者の枠は拡大していくと予想されます。
まとめ
労災保険の加入対象は基本的には労働者のみですが、一部の事業主や自営業者に対しては特別加入が認められています。万が一に備えるためには、労働者以外の人も特別加入制度を利用し、労災保険への加入を検討しましょう。
また、労災関連のトラブルにあった場合には、1人で解決しようとせず、弁護士にご相談ください。法関連の専門家である弁護士からのサポートを受けることで、労災トラブルの速やかな解決が目指せます。