労災保険と損害賠償請求の時効は違う!安全配慮義務違反の時効について解説

労働者が業務中に業務のせいで負った傷病や通勤中に負った傷病は、労災です。
労災に遭った労働者は、労災保険の補償とは別に、会社に対し損害賠償請求を行える場合があります。

ただし、損害賠償請求を行うには、損害賠償請求の相手となる会社に法律違反が認められなくてはなりません。また、損害賠償請求には労災保険の請求とは異なる時効があるため、その点にも注意しておかなければなりません。

そこで今回は、労災の損害賠償請求について、どんな場合に可能なのか、時効はいつなのか詳しく解説していきます。

労災で請求できる損害賠償とは

前述の通り、労災で損害賠償請求が行えるのは、相手となる会社に法律違反が認められた場合です。
この法律違反は、大きく「債務不履行」と「不法行為」の2種に分けることができます。

(労災における損害賠償請求については、こちらの記事でも詳しく解説しています。「労災における損害賠償請求とは?どのような種類の損害賠償が請求ができるか」

債務不履行

債務不履行とは、債務者が債務を果たさないことです。労働契約法(民法415条)では、債務者に対する債務不履行責任の項目があり、債務を履行しない債務者に対して債権者は損害賠償請求を行えると定められています。

債務不履行で損害賠償請求を行う場合に、債務の根拠となるのが、「安全配慮義務違反」です。

安全配慮義務違反とは

安全配慮義務違反とは、会社が安全配慮義務を怠ったことを指します。
労働契約法第5条では、会社の労働者に対する安全配慮について、次のように定められています。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
(『労働契約法第5条』より)

つまり、労働者を雇用する会社は、労働者が安全に働ける労働環境を確保しなければならないと法的に決められているのですね。

例えば、機械を使っての作業中に従業員が機械に巻き込まれ怪我をしたり、長時間に及ぶ残業の慢性化で従業員が病気になったりした場合、会社は安全配慮義務を怠ったとして、安全配慮義務違反に問われる可能性があります。

安全配慮義務違反自体には罰則はありません。
しかし、前述の債務不履行を法的根拠とすれば、被災労働者が損害賠償請求を行うことは可能です。
債務者を会社・債権者を労働者と考え、安全配慮義務という債務を会社が履行しなかったとして、債務不履行による損害賠償請求が行えるわけです。

(労災の安全配慮義務違反については、こちらの記事でも詳しく解説しています。「労災によるケガや病気は、安全配慮義務違反になるのか?損害賠償請求方法も解説」

不法行為

不法行為とは、故意または過失によって他人の権利や利益を侵害することを指します。
民法709条には不法行為についての項目があり、他人の権利や利益を侵害した者には、それによって生じた損害に対する賠償責任が発生する旨が定められています。
つまり、権利や利益を侵害された人が侵害した人に対し、損害賠償請求を行えるのです。

労災の損害賠償請求にあたって、不法行為の根拠となる代表的なものに、「使用者責任」や「工作物責任」があります。

使用者責任

使用者責任とは、業務中に従業員が第三者へ損害を与えた場合、その従業員の使用者も損害賠償責任を負うというものです。これは民法715条に『使用者等の責任』として定められています。

例えば、一部の従業員による社内でのいじめやパワハラで、ある従業員が健康を損ねた場合には、使用者責任に基づき、いじめやパワハラを行った従業員だけでなく、会社にも損害賠償責任が発生することになります。

この使用者責任は不法行為のひとつにあたり、労災では使用者責任による不法行為を根拠に、会社に損害賠償請求を行うことが可能です。

工作物責任

工作物責任とは、土地の工作物の設置や保存の瑕疵によって、第三者に損害が生じた場合、その工作物の占有者に損害賠償責任が発生するというものです。
例えば、事業所の階段の手すりが壊れていて従業員が階段から落ちたり、工場の機械の設備不良で従業員が怪我をしたりした場合、手すりや機械という工作物の占有者である会社には、損害賠償責任が生じる可能性があります。

この工作物責任は民法717条に定められており、使用者責任と同じく不法行為のひとつ。
労災では工作物責任による不法行為を根拠に、会社に損害賠償請求を行うことが可能です。

労災の損害賠償請求の時効はいつか

上記事項を根拠に労災で損害賠償請求を行う場合には、時効に気を付けておく必要があります。

損害賠償請求にはその根拠ごとに時効が設定されています。時効を過ぎてしまうと損害賠償請求を行うことはできません。
「安全配慮義務違反(債務不履行)」と「不法行為」それぞれの時効を確認していきましょう。

安全配慮義務違反(債務不履行)の時効

安全配慮義務違反(債務不履行)の時効は、「権利を行使できることを知った時から5年以内」かつ「権利を行使できる時から10年以内」です。
「権利を行使できることを知った時」や「権利を行使できる時(損害賠償請求できる時)」などの
起算日はケースごとに異なりますが、労災の場合、「労災事故から5年以内」と考えておくと良いでしょう。

この時効は、令和2年4月の民法改正に基づくものです。
令和2年3月31日までに雇用契約を締結している場合には、民法改正前の「権利を行使できる時から10年以内」が時効となるので注意してください。

不法行為の時効

不法行為の時効は、「被害者またはその法定代理人が、損害及び加害者を知った時から5年」かつ「不法行為の時から20年」です。
この場合も、労災においては安全配慮義務違反(債務不履行)と同じように、「労災事故から5年以内」と考えておくと良いでしょう。

また、この時効も令和2年4月の民法改正に基づくものであり、令和2年3月31日までに雇用契約を締結している場合には、民法改正前の「被害者またはその法定代理人が、損害及び加害者を知った時から3年」という時効が適用されます。

労災保険の時効はいつか

労災の損害賠償請求と同じように、労災保険の補償である給付金の請求にも時効があります。給付金を受け取れなかったということのないよう、労災保険の時効についても確認しておきましょう。

補償の種類時効
療養(補償)給付療養の費用を支出した日の翌日から2年
休業(補償)給付休業し、賃金を受けない日ごとの翌日から2年
傷病(補償)給付なし
障害(補償)給付傷病が治ゆした日の翌日から5年
介護(補償)給付介護を受けた月の翌月の1日から2年
遺族(補償)給付被災労働者が亡くなった日の翌日から5年
葬祭料・葬祭給付被災労働者が亡くなった日の翌日から2年
二次健康診断等給付金一次健康診断の受診日から3ヶ月

(労災保険の補償請求の期限については、こちらの記事でも詳しく解説しています。「労災申請の期限はいつまで?給付別に期限を解説」

損害賠償請求を行うための方法

最後に、労災で損害賠償請求を行うための方法について大まかな流れをご紹介します。
損害賠償請求の手続きには法的知識を求められる部分が多いため、労災問題に強い弁護士に相談し、協力してもらうようにしましょう。

労災保険の給付金請求

労災による損害賠償請求は、労災保険の給付金が確定した後に行うのが一般的です。なぜなら、給付金の額がわからなければ、賠償額を決めることが難しいためです。
請求書類を労働基準監督署に提出し、労災認定の可否の判断と労災と認められた場合はその給付金額を確定させます。

会社との示談交渉

会社に対し書面を送付した後、賠償金の支払いを求める示談交渉を行います。
会社が交渉に応じれば、示談となります。

民事裁判

会社との交渉が決裂した場合、訴訟を提起し、民事裁判を行います。答弁書の作成や証拠提出などを経て裁判所に出頭します。
裁判による双方の主張後、和解、もしくは裁判所の判決により、損害賠償請求の可否やその金額が決まります。

まとめ

労災事故について、安全配慮義務違反や使用者責任などの法的根拠がある場合、被災労働者は会社に対して損害賠償請求を行うことが可能です。
ただし、この損害賠償請求には時効が設定されています。労災事故の場合は基本的に「事故から5年が時効」となることが多いですが、ケースによって起算日が異なったり改正前の法律が適用されたりすることもあるため、注意してください。

労災の損害賠償請求では、労災保険からは補償されない慰謝料についても請求することが可能です。
とはいえ、損害賠償請求における複雑な手続きや会社との交渉には、法的知識が必要です。損害賠償請求を検討する際は、専門知識を持った弁護士にご相談ください。