交通事故に労災は使えるのか?自賠責保険や任意保険との違いについて

業務中や通勤中に交通事故に遭う可能性は、多くの労働者にあります。交通事故によるケガで長期的な治療や休業が必要になることもあるでしょう。
この場合、ケガを負った労働者はどのような補償を受けられるのでしょうか。労災保険の補償対象にはなるのでしょうか。

今回は、交通事故と労災保険について、自賠責保険や任意保険との違いを含め、解説していきます。

交通事故に労災保険が使えるケース

労災保険の対象となる労災には、「業務災害」と「通勤災害」の2種があります。

業務災害
業務中に、業務に起因して発生した傷病や死亡のこと

通勤災害
通勤中に発生した傷病や死亡のこと

労災保険が使える交通事故は、通勤災害であることが多いですが、業種や状況によっては、業務中に交通事故に遭う可能性もあります。
ここでは、交通事故に労災保険が使えるケースを「通勤災害」と「業務災害」に分け、見ていきましょう。

通勤災害の交通事故に労災保険が使えるケース

労災の対象となる交通事故といえば、「通勤途中に交通事故に遭った」というケースが主でしょう。通勤途中の交通事故によるケガは、通勤災害として、労災保険の補償対象になります。
ただし、そのためには、交通事故に遭った時の状況が以下の「通勤」の要件を満たしている必要があります。

◆通勤の要件
就業に際して合理的な経路・手段で行う、以下のような移動。
①住居と就業の場所との間の往復
②就業の場所から他の就業の場所への移動
③住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動
※業務の性質を有するものを除く

交通事故に遭った状況が上記要件を満たしていれば、その状況は「通勤」とされ、通勤災害が認められて労災保険の補償を受けられます。
ただし、通勤中に合理的な経路を逸脱したり、移動を中断したりした場合には、逸脱・中断以降の移動は通勤とは認めらない(一部日常生活に必要な行為を除く)ので注意しましょう。

また、交通事故に限らず、通勤中に階段から落下したり転んだりした場合のケガなどでも、上記の通勤の要件を満たしていれば、通勤災害として、労災保険の補償対象となります。
しかし、「退社後飲みに出かけた帰りに交通事故に遭った」「宿泊した友人の家から通勤中に交通事故に遭った」場合などは、上記要件を満たさず、ケガの療養に労災保険を使用することはできません。

業務災害の交通事故に労災保険が使えるケース

業種や状況によっては、業務中に交通事故に遭う可能性もあります。例えば、以下のようなケースです。

・道路工事の作業員が道路のわきで休憩していたところ、走ってきた車に追突された
・運送会社の社員がトラックで荷物を配送中に、別の車とぶつかってケガを負った
・出張先での移動中に交通事故に巻き込まれた

このような業務中の交通事故によるケガは、以下の2つの要件を満たすことで業務災害と認められ、労災保険の補償対象となります。

◆業務災害の要件
①業務遂行性が認められること
その労働者が労働契約に基づき、事業主の支配・管理下にあること

②業務起因性が認められること
業務と傷病の間に一定の因果関係があること

先程例に挙げた3つの交通事故のケースは、どれも業務遂行性と業務起因性が認められるため、業務災害として労災保険の補償を受けられると考えられます。
しかし、業務中の交通事故であっても、「お昼休みに職場の外で外食をした帰りに交通事故に遭った」場合など、私的行為に起因する交通事故のケガについては、労災保険の補償対象にはなりません。

労災保険と自賠責保険、任意保険との違い

業務中に交通事故に遭った時の保険としては、労災保険以外にも、自賠責保険や任意保険を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
ここでは、それぞれの保険の違いをご説明します。

労災保険

業務に起因して発生した傷病や死亡(労災)に対し補償を行うのが、労災保険です。従業員を雇用する事業主には、すべての従業員を労災保険に加入させる義務があり、その保険料も事業主が支払います。
労災保険には、以下の8種の補償があります。

◆労災保険の補償の種類
・療養(補償)給付
・休業(補償)給付
・障害(補償)給付
・遺族(補償)給付
・葬祭料・葬祭給付
・傷病(補償)年金
・介護(補償)給付
・二次健康診断等給付金

被災労働者は、傷病等の状況に応じ、条件を満たす給付を受けることができます。

自賠責保険

自賠責保険とは、正式には自動車損害賠償責任保険といい、交通事故の加害者が支払うべき経済的負担を補うことで、交通事故の被害者を救済するための自動車保険です。自動車の運転によって他人をケガさせたり死亡させたりした場合に、その被害者に対して保険金が支払われます。ただし、物損事故は補償の対象にはなりません。
自賠責保険は、全ての自動車に加入が義務付けられていて、無保険のままの運転は違法になります。

任意保険

自動車の任意保険とは、自賠責保険では補えない部分の補償を行う自動車保険のことです。保険会社が自動車保険として売り出しているものの多くが、この任意保険にあたります。
自動車の任意保険への加入は任意ですが、物損の補償や運転者本人への補償があるなど、万が一の交通事故に手厚く備えられるため、その加入率は高くなっています。

労災保険・自賠責保険・任意保険の比較

業務中や通勤中に交通事故に遭ってケガをしたり死亡したりした場合の補償では、労災保険を使う、または交通事故を起こした相手運転手の自賠責保険および任意保険を使うという方法があります。
それぞれの補償の内容を比較してみましょう。

労災保険 自賠責保険 任意保険
治療関係費 療養(補償)給付で全額補償。 被害者1名につき120万円まで。

慰謝料として1日4,200円支払われる。

対人補償は無制限に設定しているのが一般的。
後遺障害による損害 障害(補償)給付で障害等級に基づき補償。

(等級1級〜7級は年金、等級8級〜14級は一時金、その他特別支給金等あり)

障害等級に応じ、逸失利益・慰謝料として支払われる。

等級によって限度額は異なるが、常時介護が必要な等級1級で4,000万円が限度額。

死亡による損害 遺族(補償)給付と遺族の数に基づき補償。

(年金支給と一時金支給の場合あり、その他特別支給金等あり)

遺族の人数によって異なるが、被害者1名につき3,000万円が限度額。

(死亡した本人分の慰謝料400万円含む。)

葬祭料 葬祭料・葬祭給付で補償

(【315,000円+給付基礎日額×30日分】と【給付基礎日額×60日分】のうち、いずれか多い方)

100万円
休業による損害 休業(補償)給付で給付基礎日額の80%補償。

(給付基礎日額×休業(補償)給付金60%+休業特別支給金20%)

原則1日6,100円。

それ以上の収入の減少を立証できれば、19,000円を限度にその実額が支払われる。

休業損害として減収分の100%。

このように、労災保険と自賠責保険、任意保険では補償内容が異なります。
業務中・通勤中の交通事故の被害者は、どの保険から補償を受けるか選択することができるので、それぞれの保険の補償内容をよく確認し、より有利な内容のものを選択するべきでしょう。

労災保険と自賠責保険、任意保険は併用できるのか

労災保険と、自賠責や任意保険などの自動車保険は、併用することができます。
ただし、補償が重複する部分については、ひとつの保険からの補償しか受けられません。例えば、自動車保険から休業損害として減収入の100%を受け取っているのに、さらに労災保険で休業(補償)給付を受けることはできないのです。

重複しない補償としては、労災保険の特別支給金があります。この支給金は被害者の損害補填を目的としていないため、自動車保険の休業損害と重複はしません。
また、労災保険からは慰謝料の給付はありません。そのため、労災保険からの補償を受け取っている状態でも、自動車保険から支払われる慰謝料は重複しない補償となり、受け取ることができます。

労災を利用するメリット、デメリット

最後に、業務中や通勤中の交通事故による傷病や死亡に労災保険を利用するメリットとデメリットをご紹介します。

労災を利用するメリット

交通事故による傷病や死亡の労災保険の利用には、以下のようなメリットがあります。

・治療費が全額補償される(労災指定病院なら立て替えの必要なし)
・過失相殺されない(任意保険は過失相殺あり、自賠責では被害者に重大な過失があった場合補償が相殺される可能性あり)
・適切な等級認定がされやすい(直接面談あり、自賠責は書類のみ)

労災保険は、治療費に上限がないのが大きなメリットです。労災指定病院での治療であれば、被害者が治療費の立て替えを行う必要もありません。そのため、被害者は安心して治療を続けることができます。
また、任意保険では補償に対し過失相殺が必ず行われますし、自賠責でも被害者に重大な過失があった場合には過失相殺される可能性がある一方で、労災保険はそれが行われません。自身に重大な過失があった場合でも、被害者は十分な補償を受けることができます。
さらに、後遺障害に対し、直接面接を経ることで適切な認定がされやすい点も、労災保険のメリットと言えるでしょう。

労災を利用するデメリット

交通事故による傷病や死亡の労災保険の利用には、以下のようなデメリットがあります。

・慰謝料が支払われない
・休業補償が満額ではない

労災保険には、慰謝料の支給はありません。
また、休業補償は60%(プラスで特別支給金が20%)で、満額ではありません。
自賠責や任意保険では休業損害は満額支払われることが多いので、この点は労災保険のデメリットだと言えます。

まとめ

業務中や通勤中に交通事故に遭った場合、労災保険から補償を受けるか、自賠責保険や任意保険の自動車保険から補償を受けるかは、事故に遭った被害者が選択することができます。十分な補償を受けるためには、それぞれの保険の補償内容を知り、自身の現状を踏まえて、慎重に検討することが大切です。また、内容が重複せず併用できる補償についても、しっかりと押さえておきましょう。

交通事故に遭った時の補償については複雑な部分も多くあります。わからないことや不安が生じた時には、一度弁護士にご相談ください。
弁護士は法的な知識と経験から、交通事故被害者の方にとって最適だと考えられる対応をアドバイスしサポートします。
十分な補償を受けケガの治療に専念するためにも、複雑な手続きは専門家にお任せください。