業務のせいで発症した病気は、労災として労災保険で補償されます。
それは精神障害も例外ではありません。例えば、上司によるパワハラを原因としたうつ病などは、労災と認められる可能性があります。
では、近年耳にする機会が増えているモラハラはどうでしょう。労災の精神障害の原因として認められるのでしょうか。
今回は、モラハラによる精神障害の労災認定について解説します。
「モラハラ」と「パワハラ」の違い
まずは、モラハラとパワハラの定義について確認していきましょう。
【モラハラとは】 ・モラル・ハラスメントの略 ・言葉や態度による道徳・倫理的な嫌がらせのこと 【パワハラとは】 ・パワー・ハラスメントの略 ・職場における優位な立場を利用し、適切な業務の範囲を超えて、相手に対し叱責したり嫌がらせしたりして、精神的苦痛を与える行為のこと |
モラハラとパワハラの大きな違いは、背景に「優位な立場の利用があるかどうか」です。
パワハラは、優位な立場を利用して行なわれます。例えば、「上司から部下へ」「正規社員から非正規社員へ」「集団から個人へ」のハラスメントなど。
一方のモラハラには優位な立場の利用はありません。同僚間など本来対等であるはずの立場で行われる精神的な嫌がらせがモラハラです。
パワハラの労災認定については『「パワハラ」が労災認定基準に明記|令和2年6月の改正内容を解説』でご説明しています。
職場でのモラハラの具体例
では、具体的にはどのような行為が職場でのモラハラにあたるのでしょうか。
ここでは、その例を5つご紹介します。
言葉の暴力をふるう
言葉の暴力は、当然モラハラです。例えば、「見た目を揶揄する」「人格を否定する」「脅迫に取れるような発言をする」「誹謗中傷を行う」など。また、業務に際して執拗な叱責を行うことも、モラハラにあたる可能性があります。
人を傷つける意図的な発言は、基本的にモラハラにあたるといえるでしょう。
プライベートに過度に干渉する
相手のプライベートに過度に干渉することも、モラハラになる可能性があります。例えば、結婚や出産についてしつこく聞いたり、プライベートの話を社内で吹聴したり、業務外の付き合いを強要したりすることは、相手のプライベートにむやみに踏み込むモラハラ行為です。
ただしこのような行為には、本人が傷ついていても、周りにハラスメントとして取り合ってもらいにくいという問題点があります。
孤立するように仕向ける
ターゲットにした相手を、職場で孤立するように仕向ける行為も立派なモラハラです。例えば、その相手にだけ挨拶をしない・無視する、集まりに呼ばない、業務上の連絡を伝えない、メールに返信しないなど。
周囲を巻き込みながらターゲットを孤立させる行為は非常に悪質であり、その人を追い詰めることにもなりかねません。また、業務もスムーズに行いにくくなり、被害者は大きな負担を強いられることになります。
過剰に仕事を押し付ける
特定の人に対し、過剰に仕事を押し付けるのも、モラハラ行為です。例えば、一人でこなせる量ではない仕事を押し付ける、嫌がらせ目的で知識や経験のない仕事を押し付ける、仕事について困っている人をわざと放置するなど。
従業員の成長のため、新たな仕事を任せることは業務上必要なことですが、嫌がらせ目的の場合、その行為はモラハラとなります。
過小な仕事しかさせない
特定の人に、意図的にその人のスキルに対して過小な仕事しかさせないことも、モラハラ行為にあたります。例えば、スキルや経験のある従業員に雑用ばかりを押し付ける、仕事を回さないようにする、業務に必要な連絡や資料を回さないなど。
このような対応をされた人は、「自分は必要ないのでは」と自信をなくし、職場にも居づらくなってしまいます。
モラハラによる健康被害は労災認定される可能性がある
モラハラは、相手に精神的なダメージを与える行為です。モラハラを受けた被害者の身体に健康被害が出ることも、十分考えられるでしょう。
よって、職場でのモラハラによる健康被害は、労災認定される可能性があります。
ただし労災認定を受けるためには、「健康被害の原因が、明らかに職場でのモラハラにある」とわかる証拠が必要です。メールやメモ、日誌など、モラハラの証拠となり得るものは、全て保存しておくようにしましょう。
精神障害の労災認定要件
うつ病などの精神障害で労災認定を受けるには、次の3つの要件を全て満たす必要があります。
1.認定基準の対象となる精神障害を発病していること 2.発病前おおむね6か月間に、業務による強い心理的負荷が認められること 3.業務以外の心理的負荷により発病したとは認められないこと |
労災の認定対象となる精神障害は、国際疾病分類第10回修正版の第5章に定められる「精神および行動の障害」に限られます(認知症や頭部外傷、アルコール、薬物による障害を除く)。
これに当てはまらない精神障害は、労災認定されません。
また、②の「業務による強い心理的負荷」の有無や③の「業務以外の心理的負荷」の有無は、既存の心理的負荷評価表をもとに、労基署によって総合的に判断されます。
②の評価期間は発病前のおおむね6ヶ月間ですが、モラハラのような継続的に行われる行為については、その行為が始まった時からの心理的負荷が評価対象となります。
うつ病をはじめとした精神障害の労災認定基準については「うつ病も労災になる?認定基準、手続き、事例をご紹介」でも詳しく解説しています。
労災請求の手続き
モラハラで健康被害を受け、労災請求を行う場合、手続きは次の流れで進めます。
1.医療機関での診察 2.請求書の作成・提出 3.労基署の調査 4.認定・不認定の通知 |
労災を請求するためには、医師の確定診断が必要です。身体に不調を感じたら、まずは医療機関で診察を受けましょう。
診断が出たら、労災保険の請求書を作成し、事業場を管轄する労働基準監督署へ提出します。
請求書作成にあたっては、事業主の証明が必要になりますが、事業主が協力してくれない場合は空白にしておき、提出時に担当者にその旨を説明すると良いでしょう。
請求書提出後は、労基署が調査を行い、後日労災認定・不認定の結果を通知します。結果が出るまでの期間はケースバイケースですが、精神障害の場合、この期間はかなり長くなることもあるようです。
労災申請の手続きについては「労災申請の手続きの流れをわかりやすく解説:知っておくべき注意点も紹介」もご一読ください。
モラハラを解決する際の相談先
職場でのモラハラを解決するためには、まずは然るべき先に相談する必要があります。
この相談相手としては、次のような先が考えられます。
・信頼できる上司 ・会社の相談窓口 ・労働局など行政機関 ・弁護士 |
会社の内部で問題を解決したい場合には、信頼できる上司や会社の相談窓口に被害を相談しましょう。多くの企業では、パワハラの相談窓口が設置されていますが、モラハラについてもこの窓口で対応可能でしょう。
また、外部から問題を解決する場合には、労働局や労基署などの行政機関や弁護士への相談を検討してください。
弁護士の手を借りれば、状況によっては、モラハラによって受けた精神的苦痛を、会社や加害者に対し慰謝料という形で請求することも可能です。
モラハラで会社を訴える際の流れ
職場でモラハラ被害を受け、会社を訴える場合には、次の流れで手続きを進めます。
1.モラハラの証拠集め 2.会社との示談交渉 3.労働審判・訴訟 |
まずは、モラハラが行われていたことを証明できる客観的な証拠を収集します。証拠が集まったら、会社と直接交渉し、損害賠償請求を行いましょう。
両者の主張が噛み合わず、交渉が決裂した場合には、労働審判や訴訟を提起し、法廷で争うことになります。
ただし、法廷で争うとなると、その負担は被害者にとっても会社にとっても大きなものになります。負担を軽減させるためには、問題の交渉での解決を目指すべきでしょう。
また、このような損害賠償の手続きには、法律の専門知識が必要です。モラハラで会社を訴える場合には、労働問題を扱う弁護士の手を借りるようにしましょう。
労災の裁判提起については「労災で裁判をするには|会社への損害賠償請求と労災認定に対する不服申し立て」もご一読ください。
まとめ
職場でモラハラを受けたことが原因で精神障害を発症した場合、その精神障害は労災だと認められる可能性があります。ただし、そのためには規定の要件を満たす必要があり、そのハードルは決して低くはありません。
労災認定を得るために重要なのは、「モラハラが原因で精神障害を発症した」ことがわかる明確な証拠を提示することです。どんな小さなものでも証拠になる得るものは廃棄せず、保管しておくようにしましょう。
また、モラハラによる労災申請や会社・加害者に対する損害賠償請求は、弁護にご相談ください。法律の専門家が付くことで、手続きはよりスムーズに、そして有利に進められます。