労働者が業務中や通勤中に傷病を負ったときには、労災保険(労働者災害補償保険:業務や通勤によるけがや病気を補償する公的保険制度)から給付金等の補償が行われます。
しかし、けがや病気を負ったのが会社の役員である場合には、労災保険が適用されないことが一般的です。そのため、役員は「労災保険の特別加入制度」を利用することで補償を受けられるようにする必要があります。
そこで今回は、役員が通常の労災保険の対象とならない理由や、「特別加入制度」とは何かについて、わかりやすく解説します。特別加入の手続き方法も紹介するので、労災制度の活用にぜひお役立てください。
役員に労災保険は適用されない
労災保険は、雇用保険と並ぶ労働保険のひとつで、労働者が業務に起因した(通勤災害も含む)傷病を負った場合に、給付金という形で補償を行う国の保険制度です。
たとえば、「療養(補償)給付」は、けがや病気の治療費を補償するものです。「休業(補償)給付」は、療養のために働けない期間中の所得を補う給付です。「障害(補償)給付」は、後遺障害が残った場合に支給される補償です。労災に遭った労働者は、自分の状況に応じて給付金を請求できます。
労災保険は、雇用形態にかかわらず、正社員からパート・アルバイトまで、基本的にすべての労働者が対象です。加入義務は事業主に課されており、1人でも労働者を雇用する場合、会社は必ず労災保険に加入しなければなりません。
ただし、労災保険の対象となるのは原則「労働者」のみです。「労働者」とは、職種にかかわらず、事業や事務所に使用され、賃金を受け取る者を指します(労働基準法第9条)。
また、「労働者かどうか」の判断は以下の基準で行われます。
・他人の指揮監督下で働いているか(労働時間や勤務場所が会社により指定されているか、業務遂行に関して具体的な指示があるか)
・その労働の対価として報酬が支払われているか(報酬が請負や成果報酬ではなく、時間や日数に応じて支払われているか)
これらの要素を総合的に判断し、「労働者性」が認められるかが決まります。
たとえば、最高裁判例(最判平成12年3月9日)では、形式上は業務委託契約であっても、実態として指揮監督下で働き、賃金性のある報酬を受け取っていた者が「労働者」と認定されました。
一方、会社役員は経営に関与する立場であり、一般に他人の指揮命令を受ける関係にはないため、通常は「労働者」には該当しません。
そのため、役員は労災保険の加入・補償対象外となります。
名ばかり役員には労災が適用される
前述のとおり、会社役員は通常、「労働者」には該当せず、労災保険の加入・補償対象とはなりません。
ただし、その役員に「業務執行権(会社の業務を自らの判断で遂行する権限)」を有せず、かつ「他の指揮監督を受け、賃金を得て実質的に従属的に労働している」場合には、役員であっても、「労働者」として扱われる可能性があるのです。労災保険の加入・補償対象となることがあります。
言い換えれば、肩書が役員であっても、実際の労働の実態が一般の労働者と同じような従属性を有していれば、「名ばかり役員」として労災保険の適用を受けられる可能性があります。
「名ばかり役員」と認められるかどうかは、先にご紹介した「労働者性(被保険者としての労働者に該当するかどうか)」の判断基準に基づき、以下のような点を総合的に検討します。
- 役員に就任した経緯が適切か
- 業務執行権を有しているか
- 勤務時間・勤務場所・休暇等について裁量があるか
- 経営に関する実務を行っているか
- 役員として支払われる報酬の性質および額が、一般の労働者の賃金と比してどうか
例えば、取締役という肩書があっても、「他の役員の決裁を必要とせずに意思決定できる権限を持たず」「勤務時間が明確に定められ、出勤・退勤が管理されており」「会社から明確な指揮監督を受けて働いている」ような場合には、その取締役は「名ばかり役員=労働者」と判断される可能性があります。
つまり、役員であっても、労働者性が認められれば、労災保険の加入・補償対象になるケースがあるという点を、理解しておきましょう。
特別加入制度とは
労災保険は、原則として「労働者」に限り適用されます。会社役員など「労働者」に該当しない人は、通常の加入対象外です。
しかし、労災保険には、労働者による通常の加入以外に「特別加入制度」という制度が設けられています。
この制度は、業務の実態や災害発生の状況から見て、実質的に労働者と同様の業務に従事していると判断される人にも、労災保険への加入を認めるものです。
これにより、労働者でなくても、労働災害に備えることが可能となります。
ただし、特別加入を利用するには、一定の資格要件や申請手続きが必要です。また、通常、労働者の保険料は会社が負担しますが、特別加入者は原則として自ら保険料を負担する必要があります。
つまり、会社役員であっても、一定の条件を満たし、保険料を支払えば、労災保険に特別加入することが可能です。
特別加入制度を利用できる対象者
労災保険の特別加入制度を利用できるのは、以下の4つに該当する人です。
- 中小事業主等
- 一人親方等(建設業などで、従業員を雇わずに一人で事業を営む自営業者)
- 特定作業従事者(特定農作業従事者、家内労働者とその補助者、ITフリーランスなど)
- 海外派遣者(日本国内の事業主から、海外の業務に派遣される労働者)
このうち、会社役員が該当する可能性があるのは「中小事業主等」です。
中小事業主等として特別加入制度を利用するには、以下に挙げる「対象者」としての要件と、「加入するための条件」の両方を満たす必要があります。
中小事業主等の対象者
① 以下のいずれかに該当する中小企業の事業主(法人の場合は代表者)であること
- 金融・保険・不動産・小売業:50人以下
- 卸売業・サービス業:100人以下
- 上記以外の業種:300人以下
※1年間のあいだに、延べ100日以上、労働者を雇って働かせた場合は、「いつも労働者を使っている事業主」として扱われます。
② 労働者ではないが、①の事業に従事している者(家族従事者や、代表者以外の役員など)
中小事業主等が特別加入するための条件
- 雇用している労働者について労災保険の保険関係が成立している
- 労働保険事務を労働保険事務組合に委託している
- 上記2つを満たし、都道府県労働局長の承認を受けていること
なお、会社役員であっても、法人の代表者ではない役員や、会社の事業に従事している役員であれば、「中小事業主等の対象者」に含まれる可能性があります。そのため、要件と条件を満たせば、特別加入が認められる場合があります。
特別加入制度の補償範囲
ここからは、労災保険の特別加入制度で補償される労災の範囲について、「業務災害」と「通勤災害」に分けて解説していきます。
業務災害の場合
特別加入者が業務中にけがや病気をした場合でも、一定の条件を満たしたときに限り、業務災害として補償の対象になります。
特別加入で「業務災害」と認められるには、以下のいずれかに該当する必要があります。
- 労災保険の特別加入を申請する際に提出する申請書に記載した「業務の内容」に沿った作業を、通常の勤務時間内に行っている場合(事業主としての立場で行う純粋な経営行為は除く)
- 労働者の時間外労働や休日労働に合わせて、自分も業務に従事している場合
- 上記1または2の就業時間の直前または直後に、特別加入者本人が一人で業務を行っている場合
- 1〜3に該当する時間帯に、会社の設備や施設を利用または行動していた場合
- 事業を運営するために必要な用事で出張している場合(経営判断そのものを行う業務は除外)
- 会社などが労働者のために提供している通勤用の交通手段を、特別加入者が利用していた際に、突発的な事故に巻き込まれた場合
- 事業の運営に必要な行事に、労働者と一緒に参加している場合
【関連記事】【労災(労働災害)】業務災害と通勤災害の違いとは?
通勤災害の場合
特別加入では、通勤中にけがや病気を負った場合でも、一定の要件を満たせば、通勤災害として補償の対象となります。
この補償要件は、通常の労災保険加入者(労働者)と同じです。 具体的には、「通勤中に発生したけがや病気であること」が条件となります。
法律上の「通勤」とは、就業に関連して以下のいずれかの移動を、合理的な経路・方法(※普段通りの通勤ルートや公共交通機関の利用など、特に無理や無駄のない移動)で行うことを指します。
- 住居と就業場所との往復
- 就業場所から別の就業場所への移動
- 赴任先の住居と帰省先の住居との間の移動
ただし、移動が「仕事そのもの」として行われていた場合(取引先への訪問や配達業務など)、その移動は「通勤」とはみなされず、「業務災害」の対象となります。
【関連記事】通勤災害(通勤労災)とは?通勤中の怪我に労災は使えるのか?
労働保険料の計算方法
特別加入制度を利用する場合、保険料は加入者本人が支払う必要があります。
支払う保険料額は、次の数式で算出できます。
年間保険料 = 保険料算定基礎額(給付基礎日額 × 365日) × 保険料率
給付基礎日額とは、労災保険の給付や保険料を計算する基準となる日額のことをいいます。特別加入の場合、給付基礎日額は、加入者が選択して申請した額をもとに、労働局長が承認して決定します。
また、保険料率は事業の種類によって異なります。令和7年度に関しては、厚生労働省のウェブサイト「令和7年度の労災保険率について」で確認できます。
特別加入制度の手続きの流れ
中小事業主等が労災保険の特別加入制度を利用する場合、以下の手順で手続きを進めます。
- 申請書類の作成
- 労働保険事務組合への委託手続き
- 労働保険事務組合を通じた労働局長への申請書の提出
- 承認または不承認の決定
- 保険料の支払い
まずは、特別加入申請書を作成します。申請書のフォーマットは、厚生労働省「主要様式ダウンロードコーナー (労災保険給付関係主要様式)」からダウンロード可能です。また、申請書の記入にあたっては、厚生労働省「特別加入制度のしおり(中小事業主用)」も参考にしてください。
続いて、労働保険の手続き代行をする労働保険事務組合に対し、会費や事務手数料を支払って委託契約を結びます。
そのうえで、労働保険事務組合が、所轄の労働基準監督署を通じて労働局長に特別加入申請書を提出します。
労働局長は申請書を審査し、特別加入の承認または不承認を決定し、申請者に通知します。
承認日は、申請日の翌日から起算して30日以内の範囲で、申請者が希望した日となります。
承認された場合、申請者は特別加入に必要な労災保険料を納付することで、手続きが完了します。
特別加入制度を利用する際の注意点
労災保険の特別加入にあたっては、以下のポイントに注意する必要があります。
業種によっては加入時健康診断が必要になる
労災保険の特別加入制度を利用する際、以下の業務に該当し、かつ定められた期間以上従事した場合には、事前に健康診断を受ける必要があります。
- 粉じん作業を行う業務に通算3年以上従事している場合(じん肺法に基づく「じん肺健康診断」)
- 振動工具を使用する業務に通算1年以上従事している場合(振動障害健康診断)
- 鉛を取り扱う業務に通算6か月以上従事している場合(鉛中毒健康診断)
- 有機溶剤業務に通算6か月以上従事している場合(有機溶剤中毒健康診断)
健康診断の結果、既に重大な疾病や障害があると判断された場合、特別加入が認められないか、該当の特定業務以外に限って加入が認められる可能性があります。
また、加入時健康診断の費用は国(政府)が負担しますが、交通費は自己負担となります。
労働者を雇用していることが前提となる
労災保険の特別加入制度は、「労働者を雇用している中小事業主」であることが前提です。
これは、「雇用している労働者について労災保険の保険関係が成立していること」が、特別加入の条件に含まれているためです。
そのため、会社が労働者を一人も雇用しておらず、役員だけで構成されている場合には、他の条件を満たしていても特別加入することはできません。
支給制限が行われることがある
支給が制限される場合があることに注意が必要です。
特別加入では、業務災害や通勤災害が発生した場合、労災保険から給付される「給付金」によって補償が行われます。
ただし、特別加入者に故意または重大な過失があったときは、給付金の全部あるいは一部が支給されないことがあります。
また、保険料を滞納している期間中に災害が発生した場合も、給付制限の対象となることがあります。
特別加入が取り消されることがある
特別加入が取り消される可能性があることに注意が必要です。
特別加入者が労働基準法や労災保険法などに重大な違反をした場合、労災保険の特別加入が取り消されることがあります。
このような事態を防ぐためにも、法令を守り、適正な会社運営に努めることが重要です。
まとめ
労災保険は、原則として労働者(雇用されて賃金を受ける者)を対象にした公的保険制度です。
しかし、労働者に該当しない会社役員でも、特別加入制度を利用すれば、労災保険に加入できる場合があります。
特別加入を検討する際には、一定の加入要件と加入手続きの条件を満たしているかを、まずご自身で確認してください。
労災保険は、万が一の労災に備えられる非常に重要な補償制度です。労働者に該当しない場合は、保険料を加入者自身で支払う必要がありますが、特別加入を活用することで、日々の安心につながる備えを持てます。
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