業務中や通勤中に交通事故に遭ってケガを負った時、そのケガは労災となり、労災保険によって補償されます。
しかし、交通事故によるケガでは、加害者側の任意保険も使えます。
では、このような場合、事故にあった労働者は、労災保険と任意保険両方の補償を受けられるのでしょうか。また、保険の優先順位はあるのでしょうか。
今回は、労災保険の任意保険の併用と優先順位について、保険申請のポイントを交えながら解説します。
労災保険と任意保険(自動車保険)は二重取りできる?
まずは、労災保険と任意保険の補償は二重取り・併用できるのかご説明します。
二重取りとは?
そもそも保険の二重取りとは、同一の損害に対し、異なる2つの保険(賠償)から補償を受けることを指します。
例えば、労災の交通事故で怪我を負った場合の医療機関の受診や薬代などの療養費は、労災保険でも任意保険でも補償対象となります。この両方を請求し、同じ内容の療養費に対し重複して補償を受けることが、保険の二重取りです。
併用はできるが二重取りは不可
結論から述べると、同一の損害に対し労災保険と任意保険の両方の補償を重複して受けることはできません。二重取りにより、請求者が損害以上に得をしてしまう事になるためです。
ただし、労災保険と任意保険の併用は認められています。つまり、労災保険と任意保険それぞれに異なる損害に対する補償を請求したり、片方の保険の補償で不足する金額をもう片方に請求したりすることは可能なのです。
通勤中の交通事故による労災認定については「マイカー通勤による交通事故でも労災認定される?通勤災害が認められるケースも徹底解説」でもご紹介しています。
重複する補償はどちらかしか受給できない
先述のとおり、労災保険と任意保険は併用できますが、重複する補償は片方からしか受給できません。
例えば、労災の交通事故で手術が必要になった時、その手術費は療養費として、労災保険でも任意保険でも補償可能です。しかし、重複して補償を受けることはできないため、被災労働者はどちらの保険に手術費を請求するか決めなければなりません。
また、労災の交通事故によるケガで休業を余儀なくされた時には、その休業補償も、労災保険でも任意保険でも補償可能です。ただし、労災保険の休業補償は給付基礎日額の6割(特別支給金除く)で、任意保険の休業補償は全額が対象です。
この場合、任意保険ではじめから全額の補償を受けることもできますが、労災保険から6割を受け、残りの重複しない4割を任意保険から受けることも可能です。
このように、重複して補償を受け取らないよう調整することを、支給調整と呼びます。
労災保険と任意保険(自動車保険)で重複する補償
労災保険と任意保険で、重複する可能性がある補償を項目は、次のとおりです。
労災保険 | 任意保険 | |
療養費(治療費や薬代、手術代など) | 療養(補償)給付 | 治療関係費 |
休業に対する補償 | 休業損害 | 休業(補償)給付 |
障害が残った場合の補償 | 障害(補償)給付 | 後遺障害逸失利益 |
介護が必要になった場合の補償 | 介護(補償)給付 | (将来)介護費 |
葬儀に対する費用 | 葬祭料(葬祭給付) | 葬儀費用 |
遺族に対する補償 | 遺族(補償)給付 | 死亡逸失利益 |
これらの項目は、請求にあたって支給調整を行う必要があります。併用は可能ですが二重取りはできないので、重複した内容で2つの保険に請求を行うことのないよう、ご注意ください。
労災保険と任意保険(自動車保険)で重複しない補償
次の補償項目は、労災保険と任意保険で重複することはないため、被災労働者は支給調整を行うことなく、それぞれの保険に補償請求を行えます。
【労災保険だけの補償】 各種特別支給金・年金・一時金] 【任意保険だけの補償】 精神的苦痛に対する慰謝料 |
労災保険では、メインの給付にプラスして、休業特別支給金や傷病特別年金、一時金などの「特別支給金」が支給されます。ただしこれは社会復帰促進の目的で支給されるものであり、損害補償として支給されるものではありません。よって、支給調整の対象にはなりません。
また、労災保険では慰謝料の補償はありませんが、任意保険ではこれも補償の対象となります。十分な補償を受けるためには、たとえ他の補償に労災保険を選んだとしても、加害者側の任意保険会社に対して必ず慰謝料の請求を行うようにしましょう。
保険を併用し、十分な補償を得るためには、それぞれの保険の補償内容をしっかり把握しておく必要があります。
各保険の補償内容の違いについては「【通勤災害の交通事故】労災と自賠責保険の補償内容の違いを解説」をご一読ください。
労災保険か任意保険(自動車保険)か選ぶ際のアドバイス
ここからは、業務中や通勤中に交通事故に遭ってケガをした場合に、労災保険と任意保険どちらに補償請求を行うか、またはどのように併用するかについてのアドバイスを、5つのポイントからご紹介します。
労災の「休業特別支給金」は重複扱いにならない
先述のとおり、労災保険の「特別支給金(休業特別支給金など)」は、支給調整の対象となりません。
労災保険では、休業(補償)給付として給付基礎日額の80%が保証されますが、そのうちの20%は特別支給金です。よって、支給調整の対象となるのは給付基礎日額の60%のみとなり、被災労働者は残りの40%を、休業損害として任意保険に請求することが可能です。
この対応を行った場合、被災労働者は労災保険(特別支給金含む)と任意保険を併せて、120%の補償を受けられることになります。
任意保険(自動車保険)は過失割合に応じた減額がある
交通事故の発生について、被害者側にも責任がある場合、任意保険の補償額は減額される可能性があります。被害者の過失分を減額するこの対応が、「過失相殺」です。
一方の労災保険の補償には、過失割合は関係しません。よって、過失があった場合でも、被災労働者は規定の補償額を全額受け取ることができます。
労災保険と任意保険どちらから補償を受けるか迷った場合には、事故に対する自身の過失の有無も判断要素にすると良いでしょう。
労災指定病院では治療費を立て替える必要がない
任意保険への補償請求は、基本的に具体的な補償額が出てからとなります。そのため、被災労働者はケガの治療費の全額を、一旦自身で立て替えなければなりません。
一時的とはいえ、これは大きな負担になることでしょう。
一方、労災保険を使う場合に、労災指定病院を受診すれば、病院の窓口で治療費を支払う必要はありません。労災保険から「サービスの提供」という形での補償がなされるためです。
後から療養(補償)給付の申請手続きは必要ですが、金銭的負担が生じないことは、大きなメリットでしょう。
ただし、労災保険を使う場合でも、労災指定以外の医療機関を受診した場合には、費用の立て替えが必要になるのでご注意ください。
慰謝料は任意保険(自動車保険)から受け取る
先述のとおり、労災保険には、事故による精神的苦痛に対する慰謝料の補償が用意されていません。一方で、任意保険では慰謝料も補償対象です。
慰謝料は重複する補償ではないため、労災保険でメインの補償を受けていたとしても、任意保険を併用して慰謝料を請求することをおすすめします。
会社や相手との間で揉める場合は弁護士に相談する
「会社が労災保険の申請を認めてくれない」「事故の加害者が任意保険を使わせてくれない・加入していない」など、労災の交通事故に際して、会社や事故の相手と揉めた場合には、弁護士に相談するようにしましょう。
弁護士が間に入れば、相手の態度が柔化する可能性がありますし、相手に法に基づいた適切な対応を求めたり適切な内容で示談交渉を進めたりすることも可能になります。
また、実際の後遺障害等級に沿った適切な補償を受けるにも、弁護士のサポートは役立つでしょう。
十分な補償を受け療養に専念するためにも、労災および交通事故によるトラブルは、弁護士の手を借りるようにしてください。
結局、どちらを優先させるべきなの?
労災保険と任意保険、どちらを優先されるべきかは、一概に述べることはできません。その選択は、被災労働者自身が行うことになります。
また、労災の交通事故の場合は、自賠責保険の利用も検討しましょう。
ここまでご紹介したように、労災保険と任意保険の補償は二重取りできません(自賠責保険も)が、うまく併用することで補償内容を充実させることは可能です。とくに休業に対する補償や特別支給金、慰謝料については、それぞれの保険を併用して、しっかり受け取るようにしましょう。
まとめ
労災保険と任意保険は、併用が可能です。ただし、同じ内容の補償を二重取りすることはできないので注意しましょう。
労災の交通事故で十分な補償を受けるためには、それぞれの保険の補償内容をよく確認し、「どの補償が重複し、どれが重複しないか」を把握することが大切です。その判断や手続きが難しいと感じる場合には、弁護士への相談も視野に入れると良いでしょう。