精神障害の労災認定

精神障害は、外部からのストレス(仕事によるストレスや私生活でのスト レス)とそのストレスへの個人の対応力の強さとの関係で発病に至ると考えられています。 発病した精神障害が労災認定されるのは、その発病が仕事による強いスト レスによるものと判断できる場合に限ります。
仕事によるストレス(業務による心理的負荷)が強かった場合でも、同時に私生活でのストレス(業務以外の心理的負荷)が強かったり、その人の既往症やアルコ ル依存など(個体側要因)が関係している場合には、何が発病の原因なのかを医学的に慎重に判断しなければなりません。

厚生労働省の規定によれば、精神障害が労災認定されるためには、次の3つの要件を満たす必要があります。

➀認定基準の対象となる精神障害を発病していること
➁認定基準の対象となる精神障害の発病おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
➂業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

以下で詳しく見ていきましょう。

1.認定基準の対象となる精神障害を発病していること

認定基準の対象となる精神障害とは、国際疾病分類「精神および行動の障害」の中に合致する障害である必要があります。

「精神および行動の障害」分類

分類コード 疾病の種類
F0 症状性を含む器質性精神障害
F1 精神作用物質使用による精神および行動の障害
F2 統合失調症 統合失調症型障害および妄想性障害
F3 気分[感情]障害
F4 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害
F5 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群
F6 成人のパーソナリティおよび行動の障害
F7 精神遅滞〔知的障害〕
F8 心理的発達の障害
F9 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の 障害、特定不能の精神障害

 

2.認定基準の対象となる精神障害の発病おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること

「業務による強い心理的負荷が認められる」とは、業務による具体的な出来事が あり、その出来事とその後の状況が、労働者に強い心理的負荷を与えたことをいいます。
心理的負荷の強度は、精神障害を発病した労働者がその出来事とその後の状況を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価します。 そして、「同種の労働者」とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験などが類似する人をいいます。

「業務による強い心理的負荷」があるかは、特別な出来事がある場合とない場合に分けて考えられます。

(1)「特別な出来事」がある場合

下記表に該当する事柄がある場合、心理的負荷の総合評価が「強」となり、「強い心理的負荷」があると言えます。

特別な出来事の類型 心理的負荷の総合評価を「強」とするもの
心理的負担が極度のもの ・生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした(業務上の傷病により6か月を超えて療養中に症状が急変し極度の苦痛を伴った場合を含む) ・業務に関連し、他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大なケガを負わせた(故意によるものを除く)
・強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた
・その他、上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの
極度の長時間労働 ・発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間に おおむね120時間以上の)時間外労働を行った(休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等、労働密度が特に低い 場合を除く)

(2)「特別な出来事」がない場合

この場合でも、心理的負荷が「強」と判断される場合には、「強い心理的負荷」があると言えます。
その判断は厚生労働省が定める評価表に詳しく記載されており、「強」の例としては、「業務に関し重大な人身事故、重大事故を起こした」場合や、「会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスをし、事後対応にも当たった」場合などです。また、「中」と評価される場合であっても複数の「中」の出来事が存在すれば「強」と認定されることもあります。
「具体的出来事」には5つの類型があり、①事故や災害の体験、②仕事の失敗、過重な責任の発生等、③仕事の量、質、④役割・地位の変化等、⑤対人関係、⑥セクシャルハラスメントに分けられ、詳細に定められています。

また、以下の視点により、出来事後の状況の評価を行います。

➀仕事の裁量性の欠如(他律性、強制性の存在)。具体的には、仕事が孤独で単調となった、自分で仕事の順番・やり方を決めることができなくなった、自分の技能や知識を仕事で使うことが要求されなくなった等。
➁職場環境の悪化。具体的には、騒音、照明、温度(暑熱・寒冷)、湿度(多湿)、換気、臭気の悪化等。
➂職場の支援・協力等(問題への対処等を含む)の欠如。具体的には、仕事のやり方の見直し改善、応援体制の確立、責任の分散等、支援・協力がなされていない等。
➃上記以外の状況であって、出来事に伴って発生したと認められるもの(他の出来事と評価できるものを除く。)

 

3.業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

(1)業務以外の心理的負荷

「業務以外の心理的負荷評価表」を用い、心理的負担の強度が強い事柄が認められる場合は、仕事によってうつ病になったとは言い難いとの判断に傾きます。評価表には出来事の類型が6つあります。
➀自分の出来事
➁自分以外の家族・親族の出来事
➂金銭関係
➃事件、事故、災害の体験
➄住環境の変化
➅他人との人間関係に分けられます。

(2)個体側要因により発病したか

個体側要因とは、その人が特別に持つ病気や習慣をいい、精神障害の既往歴やアルコール依存にあることなどをいいます。個体側要因の有無と内容に照らし、個体側要因がうつ病に影響を及ぼしていると認められるとき、因果関係の判断は慎重行うことになります。

1~3の要件を満たせば労災認定されます。それでは、労働者が自殺をした場合や、発病後症状が悪化した場合はどのような取り扱いになるでしょうか。また、症状固定した後の取り扱いに
ついても見ていきましょう。

 

4.自殺をした場合

業務による心理的負荷によって精神障害を発病した人が自殺を図った場合は、精神障害によって、正常な認識や行為選択能力、自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったもの(故意の欠如)と推定され、原則としてその死亡は労災認定されます。

 

5.発病後に悪化した場合

業務以外の心理的負荷により発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合は、悪化する前に業務による心理的負荷があっても、直ちにそれが悪化の原因であるとは判断できません。
ただし、「特別な出来事」に該当する出来事があり、その後おおむね6か月以内に精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合に限り、その「特別な出来事」による心理的負荷が悪化の原因と推認し、原則として、悪化した部分については労災補償の対象となります。

 

6.精神障害における「治癒(症状固定)」

労災保険における「治ゆ」とは、健康時の状態に完全に回復した状態のみをいうものではなく、傷病の症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行っても、その医療効果が期待できなくなった状態(傷病の症状の回復・改善が期待できなくなった状態)をいいます。
精神障害についても、「症状が残存しているが、これ以上医療効果が期待できない」と判断される場合には、「治ゆ」(症状固定)となり、療養(補償)給付や休業(補償)給付は支給されません。通常の就労(1日8時間の勤務)が可能な状態で「寛解(かんかい)」の診断がなされている場合は治ゆの状態と考えられます。
治ゆ後、症状の変化を防止するために長期間にわたり投薬などが必要とされる場合には「アフターケア」を、一定の障害が残った場合には障害(補償)給付を、受けることができます。

 

7.まとめ

このように、精神障害を労災認定するためには、いくつもの要件を満たす必要があり、その判断は非常に複雑です。申請のための証拠を収集するだけでも膨大な手間と労力がかかることが予想されます。
労災を多く取り扱ってきた弁護士法人法律事務所テオリアでは、受診する際のポイント等をお教えいたしますし、証拠の収集についてアドバイス、場合によっては証拠の整理、調査も行います。申請後の見通しについても、予想される等級と、受給できる金額、弁護士費用について、受任前に詳細にご説明します。精神障害に関して労災申請をお考えの方、是非お気軽にご相談ください。